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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
南無阿弥陀仏をとなふれば菩薩
南無阿弥陀仏をとなふれば 観音勢至はもろともに     恒沙塵数の菩薩と かげのごとくに身にみてり

阿弥陀仏に救われた人は、信心を頂く。その信心は人々の苦しみを取り除いて幸せにしてあげたいという心。だから、その心に動かされて、自分の力で誰かを幸せにしてあげたいと思うようになる。しかし、幸せにするというのは時間のかかること。相手が幸せになるまで、その人のことを思い続け、温かい思いを与え続けなければならない。たとえ信心があるとは言え、相手に温かい心を与え続けることは大変なこと。だから、大宇宙の菩薩方が、その人の心が折れないように、心を守り続けて下さるのですを
願力不思議の信心は
願力不思議の信心は 大菩提心なりければ 天地にみてる悪鬼神 みなことごとくおそるなり

阿弥陀仏に救われたならば、阿弥陀仏から信心を頂く。その信心はどんな逆境も乗り越え、人々を幸せにしたいという心であるから、どんなに邪魔をするものが現れても、それを乗り越え、人々を幸せにしてゆくことができる。

阿弥陀仏から頂く信心があるから、どんな苦しい現実からも逃げることができない。苦しみの中を飛び込み、相手の苦しみが抜ける所まで、頑張らずにはおれない。だから、人々を苦しみへと導く悪鬼神ですら、その信心に対して恐れおののくのだ。
天神地祇はことごとく
天神地祇はことごとく 善鬼神となづけたり これらの善神みなともに 念仏のひとをまもるなり

天の神も地の神も、元は人間が死んで神になった善鬼神である。これらの善神は、阿弥陀仏に救われ念仏を唱えている人を守って下される。
南無阿弥陀仏をとなふれば大魔王
南無阿弥陀仏をとなふれば 他化天の大魔王 釈迦牟尼仏のみまえにて まもらんとこそちかひしか

阿弥陀仏に救われて念仏を唱えている人は、どんなに苦しいことがあったとしても、その苦しみを他人のせいにして、更なる罪悪を作ることはない。常にお釈迦様の教えを信じ、苦しみの原因を自分に求め、反省し、向上してゆく。そういう意味で、苦しみを他人のせいにする大魔王も、お釈迦様の前で守ると誓われたようなものであるのです。
南無阿弥陀仏をとなふれば竜神
南無阿弥陀仏をとなふれば 難陀跋陀大龍等 無量の龍神尊敬し よるひるつねにまもるなり

阿弥陀仏に救われ、念仏を唱えているものには、難陀や跋陀などの無量の龍神たちが尊敬して、夜昼常に守って下さる。

南無阿弥陀仏をとなふれば 炎魔法王尊敬す 五道の冥官みなともに よむひるつねにまもるなり 

阿弥陀仏に救われ、念仏を唱えているものには、死んでどこに行くのかということを恐れる必要がなくなる。それはどんな世界に行ったとしても、そこで苦しみのない幸せな世界となるからだ。苦しみは心から生み出される。心を幸せにしてくれるのか、念仏。その念仏をして幸せな心になるから、死んでどこへゆこうとも閻魔に守られているのだと感じることができるのです。



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