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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
見捨てられることに対する不安
よく私は見捨てられることが不安という人がいる。
この人は心の奥底で自分の存在を見捨てられる人間だと思っている。
青色のメガネをつければ、世界は青色に見えるように、見捨てられるというメガネで世界を見ている人は、世界のちょっとした変化も相手は自分のことが嫌いで見捨ててくるのではないかと思って見てしまう。
では、どうして見捨てられるという世界の中にこの人はいるのであろうか。
それは自分の思い通りにしたいという思いが強くて、自分の思い通りにならない感情を見捨てているから。
この人は思い通りにならないものは自分でも他人でも簡単に見捨てる。見捨てるというのは、自分の中でいらない存在にして排除する。排除するから、今度は自分が排除されているように感じて苦しくなる。
この苦しみを解決する為には、思い通りにならない存在に対して否定しても、その人に自分から歩み寄って、謝ってゆくことが必要。
自分から切ったものは、自分から修復する。
ごめんねと言える心が自分の心を救う。
嫌になっても見捨ててはならないのですね。
受け身ではなく自分から動く
私は相手から必要とされることによって、安心する。だから、いつも相手から声をかけてもらえることを期待している。

でも、これって声をかけてもらえた時は嬉しいが、声をかけてもらえない時には寂しくなる。

そして、相手から必要とされたとしても、それが当たり前になると、相手との時間を雑に扱ってしまう。

必要とされる人間を求めても、そこには幸せはない。

幸せになりたければ、自分が相手のことを必要とする。相手が会いたいと思ってくれているかどうかを期待するのではなくて、自分が会いたいと思って会ってゆく。話しかけられることを待つのではなくて、自分から話しかけてゆく。

自分の望んでいる未来に向かって、自分の種まきによって進んでゆく。

自分がだれかから愛されているかどうかを確認するのではなく、自分が相手のことを愛してゆく。

心を受け身で生きてゆくのではなくて、自ら能動的に動いてゆく。自分から動けば、自分の望んでいる方向に未来が変わってゆく。幸せは自分が動いてゆくことからしか生まれないと思いました。

信心
私の心には崩れない人間関係を求める心がある。自分が相手のことを大事にしたら、人間関係は崩れないと思っている。

でも、それは大事にしているようで、自分が安心したいだけなんだと感じます。

思い通りに今日が終わったら、明日がやってきて、何事もなく毎日が過ぎてゆく。

でも、それって、相手のことを考えないことなんだなと思います。人間関係が上手くいっている時よりも、上手く行かない時の方が何倍も相手のことを考える。

そして、考えても、考えても思い通りにならないことが嫌になり、もう相手のことを忘れて考えないようにしたいとさえ思ってしまう。

でも、それって結局のところ、楽がしたいから。相手のことを大事にしたいと言いながら、ちょっと苦しくなると相手のことを切りたいと思ってしまう自分がいる。

それでも、いかんいかんと自分を戒めながら、本当の人間関係を築くには、相手のことを考えて苦しい時も、この苦しみを甘んじて受けて、相手のことを考えて悩み続けることが大切なんだと思います。

それでも上手く行かない時もある。そして、上手く行かない未来を考えて、上手く行かないならば、今頑張っていることも意味がないんじゃないかと思ってしまうこともある。

でも、上手く行く行かないは別として、相手のことを思い続けてゆくことを諦めない。苦しいからといって、その苦しみから逃げない。

幸せは思い続けてゆくことからしか生まれない。失敗したら、失敗したでいいじゃないか。

そこから、またタネを蒔き続けてゆく。未来は自分の種まきが生み出すと信じること。それが信心なんだと思います。信心
相手を否定しても苦しむだけ
どんなに相手が悪かったとしても、その相手を否定したならば、自分も否定されているように感じて苦しむ。
具体的には、自分が独りになった時に、まわりの人が自分の存在を無視しているように感じる。だから、自分はここに存在しているのに、まるで自分は独りのように感じて寂しくなる。
独りになると寂しくなる人ほど、一緒にいる人の存在を否定している人。
そして、多くは、自分がここに存在しているのに、自分の存在を無視してくると言って、相手に怒りを覚え、目には目を、歯には歯をとと、自分の存在を否定されたように感じた人は、相手の存在を否定してしまう。
でも、そうやって、相手を否定することは、自分の存在を否定しているのと同じなので、今度は独りになると、自分の存在が感じられず寂しくなる。
他人を否定したら、自分が寂しくなって苦しむ。それがどんな相手であったとしても、相手を否定したら、自分が否定されているように感じて苦しむ。
これが分かったら、私たちは自分が苦しみたくないから、相手を否定しないようになる。
そして、思い通りにならない相手の存在も、その存在を否定せずに許してあげようと思うようになる。
許せない相手も許せるようになったら、心はずっと楽になる。それは相手を思い通りにしようとすることを諦めることであり、相手が今のままで存在してもいいと思う心でもある。
他人は否定しても自分が苦しむだけ、否定するのではなく、許してあげることが自分の心を楽にする為に大切なことなのですね。
幸せな人を妬むのは
よく幸せな人を見ると妬みが起きてくるという人がいる。でも、実際、起きているのは妬みではなく、愛欲。愛欲とは、自分のことを愛して欲しい、大事にして欲しい、認められたい、分かって欲しい、見捨てられたくないという心。でも、その愛欲を出しても否定されるのが怖くて、自分自身が愛欲を抑えているから、愛欲が妬みとなる。幸せな人を見て羨ましいと思うのは当たり前。
だから、自分も認めてもらいたいと動いたらいい。でも、妬みの強い人は、自分から動かずに、まわりの人が気を遣って、自分のために動いてくれることを期待している。
否定されたくないという思いが自分から動かずに相手に動いてくれることを期待する心へと変わっている。
だから、妬みのある人は、幸せそうな人を見たら、自分の気持ちを分かってくれる人に羨ましい気持ちを話したらいい。
そうやって、話をして気持ちを受け止めてもらったならば、心もすっきりする。
妬みの強い人ほど、自分の感情を抑えて我慢することが多い。我慢することよりも、自分の愛欲を満たしてあげる。
そうすれば、幸せな人を見ても、良かったねと思ってあげることができる。
自分の心に優しい人は、他人も優しくなれるのですね。


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