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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
与えてもらいたいからこそ、まず与える
私たちは自分の心を見たならば、愛されたい一杯、認めてもらいたい一杯、声をかけられたい一杯しかない。

仏教では、これを愛欲と言い、親鸞聖人は私はこの愛欲が広い海のようにあり、その中で溺れていると言われている。

人間の行動の目的は愛欲を満たすこと以外にはない。だからこそ、自分も愛欲の塊であるように、相手も愛欲の塊。だから、自分が相手に対して望んでいることを相手にしてあげることが、仏教では大事だと教えられる。

私たちは心に寂しさを抱えている。私も声をかけてもらいたいからこそ、相手も声をかけてもらいたいのだと思って、声をかけてゆく。

自分が望んでいることが分かれば、相手が望んでいることも分かる。自分が相手に望むことを、相手にも与えてあげる。

それは自分が認めてもらいたいと思っているのだと気づいた人が、自分も認めてもらいたいと思っているように、相手も認めてもらいたいのだと気付く。

自分の気持ちに気づいた人が相手の気持ちにも気付く。相手の気持ちに気づくからこそ、自分も認めてもらいたいと思うように相手も認めてもらいたいのだなと思って、まず相手に与えてゆく。

そうすれば、回り回って自分も認めてもらえるようになる。自分が望んでいることを相手にしてあげる。相手に与えるからこそ、自分も与えられる。

みんな自分が与えてもらうことしか考えてないから、誰も与えてもらえず、寂しい思いをしなければならない。

与えてもらいたいからこそ、まず先に与える。与えるからこそ、与えてもらえるようになるのですね。
愛すとは
人を愛するとはどういうことだろう?

相手のために動くことだろうか。相手がお願いしたことに対して気持ち良く動いてあげるこたであろうか?

仏教では愛することは慈悲てあると教えられる。
慈悲とは、相手が傷つき苦しんでいることが、悲しく感じられ、その苦しみを抜いてあげたい。心を楽にしてあげたいと思う心。

また、相手の幸せを自分のことのように喜び、いつまでも相手が安らかで穏やかな気持ちでいて欲しいと思い、また、相手の心に善心が育まれるように育ててゆく心。

慈悲の心がある人は相手に対していつも心をかけてゆく。

私たちはいつも自分のことをまわりの人から心をかけてもらいたい。声をかけられると嬉しいし、自分が認めてもらう為に頑張る。

その自分がしてもらいたいことを相手に与えてゆくこと。しかも温かい心で相手の心を温めてあげるようにすること。これが愛情ではないかなと思いました。
心を込める
何事も一つのことを心を込めて取り組んだら、その道のプロになる。

私ならば、仏法に心を込めて取り組んでゆきたい。ここで、仏法に心を込めるとはどういうことか?

それは純粋に幸せとは何か、自分はどうしたら幸せを感じて生きてゆくことができるか。幸せになりたいという気持ちを持って生きてゆくことだと思います。

では、どうしたら幸せになることができるか?

それはいつも相手に喜んでもらいたいと思うこと。

仏教の唯識から言えば、相手は自分。相手を幸せにしてあげたいと思うことで、世界が自分に対して幸せになって欲しいと思っているように感じる。

だから、いつも相手の幸せを念じて、心を込めて接してゆきたい。それが私の目標です。

まず自分が仏法に触れてゆく
仏法とは過去の善知識のお言葉に触れることで、新たな智慧を頂き、自分の心を成長させてゆく教え。だから、私がまず先人のお言葉に触れなければ、次の人に教えを伝えてゆくことはできない。

その為にも、私はいつも仏法に触れてゆかなければならないと思う。自分には智慧がないからこそ、常にお言葉に触れ、智慧を頂かなければならない。
仏法と先人の智慧に触れ、次の世代に智慧を与えてゆく教え。

だから、先人のお言葉に触れることは、宝探しのようなもの。

自分の成長させてくれる徳がお言葉の中に必ずある。そして、次の人に仏法をお伝えしなければならないからこそ、まず自分自身が教えに触れてゆく。そうやって、自分が智慧を頂き、次の人へと智慧を与えてゆく。私は仏法を伝えるのが仕事。だから、誰よりも仏法のお言葉に触れてゆかなければならないなあと思いました。
覆水盆に返らず
人は一度会わなくなってしまうと、自分から会いたいと思っても、相手から避けられてしまい。また、元の関係に戻ることは難しい。

だから、今ある人間関係を大事にしなければ、失ってみて、どんなに後悔しても取り返しがつかない。

人から避けられることは悲しい。でも、相手の姿は自分の姿。相手が自分を避けることを通して、自分も縁が遠ざかってしまったならば、同じ態度を取ってきたんだと反省しなければならないと思う。

そして、一度離れてしまった関係を取り戻すことは難しいからこそ、今ある関係をかけがえのないものと思って、大切にしてゆかなければならないなと思います。

覆水盆に返らず。この言葉が身に染みます。



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