fc2ブログ
幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
注意一秒怪我一生
注意一秒怪我一生という諺がある。

ちょっと確認を怠ることで一生を左右するような大きな失敗をするというたとえである。

世の中では、自分が失敗するとは思わず、外から見たならば恐ろしく思うようなことを平気でしている人がいるが、その時は失敗しなかったとしても、一度手抜きをすると、それに味をしめて、次もまた次もやるようになる。そして、本当に失敗するまで続けてしまう。

だから、手抜きをすることは、必ず大きな失敗につながる。

そういう意味では、手抜きをした時に失敗した方が、そこで手抜きはできないと反省するので、その人にとって幸せだと言えます。

恐ろしいのは手抜きをして上手く行くこと。そこで味をしめること。

それは自分を堕落させてゆく。頭では悪いなと思いながら、大丈夫、大丈夫と、悪いと思う気持ちまで無くしてゆく。

そして、取り返しのつかない失敗をして、苦しむことになる。

でも、悪い習慣が身についているので、直すこともできない。苦しい現実から逃げて、どこどこまでも堕落してゆく。

そうならない為にも、始めが肝心。

如何に罪悪感がある間にやめるか。そういう意味でも手抜きをした時、上手く行かない方が幸せなんだと思いました。
時間の価値を感じて生きたい
人生には誰でも平等に時間という財産をもらう。

この財産をどのように使うかは、一人一人自由に決めていい。

でも、出来ないことがある。それは貯めておくことです。

時間という財産は毎日確実に減っている。大切に使っても、無駄に使っても、平等に一日という時間が無くなってゆく。

多くの人は自分の時間が如何に大切なものかを知らず、欲を満たす為に時間を使ってしまう。

欲を満たすことは何も生み出さない。ただ楽しかったという思い出を残し、その代わり膨大な時間を失う。

しかも勿体ないと思うことなく、財産を失ってゆく。

考えてみたら、人生の中でどれだけ欲を満たす為に時間を使っているだろうか、そして、どれだけ欲の為に時間を使っても無駄遣いをしたと思わないのだろうか。

きっと欲に流れても平気な人は自分の時間の価値が低いのだろうと思います。

高くなれば、こんな不毛なことに時間を使うことが如何に勿体ないことであるかと感じる筈です。

そう言えば、菩薩は休むことなく衆生のために働き続けるという。

それはそれだけ時間の価値が高いのだろうと思わずにおれません。

私も時間の価値を感じて、価値のあることに時間を使ってゆきたいなと思いました。
目の前の時間に集中する
携帯が普及したからでしょうか。

テレビを見ている時でも、携帯を見ながら、テレビを見たり、目の前のことに集中することがない。

でも、目の前のことにちゃんと集中しないと、どんなに時間を過ごしても心に残ることなく、何も残らないままで人生が終わってしまうように感じます。

確かにながらでやれば、同時にいろんなことができます。

しかし、どんなにたくさんの事ができたとしても、心に残る過ごし方をしなければ、ただ時間を垂れ流しただけ。人生の無駄遣いをしていることになります。

命に限りがあるように、時間にも限りがある。

一日過ごしたら、その一日は二度と戻っては来ないのです。

この一日をどう過ごすかで人生は決まる。

お金は使うまで貯金することができるが、時間は貯めておくことはできない。

だから、どんな時間の使い方をしても、時間は流れてゆく。

だからこそ、今という時間を大事にして、心に残るように過ごしてゆかなければと思います。

流れるように過ぎてゆく時の流れの中で、少しでも心に刻んで時間を過ごしてゆきたいですね。


傷つけないように心がけるよりも
ちょっとしたことで、相手の心は傷つく。

自分は傷つけようと思わなくても、何気ない言葉が相手の心に深く突き刺さることがある。

この時、相手を傷つけないように心がけることも大切だけど、それよりも傷つけたことを素直に謝ることが大切だと思います。

得てして傷つけないように心がけている人ほど、傷つけたという事実を認めることができず、自分は悪くないと言い訳してしまう。

それがまた相手を深く傷つけてゆく。

だから、傷つけることがあるのは仕方ないと思って、傷つけた相手の心を癒すように心がける。

そうすることによって相手と気持ち良く過ごすことができる。

生きていたら、傷つけてしまうもの。

そう思って生きてゆくことが大切な事なのですね。
心は死んでしまう
人間には心がある。

この心が傷ついた時には、癒してもらうことが必要になる。

もし傷ついても癒してもらえず、頑張り続けると、体は動かすことができるが、心は死んでしまう。

心が死んでしまうと、どんなに幸せな環境にいても幸せを感じることができず、ただやるべき事をこなすだけの存在になってしまう。

心はデリケートなもの。

傷ついたら無理をせず、癒してあげなければならない。

この心を見ずに生活している人が多い。

だから、自分の心にも他人の心にも冷たくしてしまうのだなと思いました。


プロフィール

上田祥広

Author:上田祥広
管理サイト
浄土真宗講義



最近の記事



ブログランキング

FC2ブログランキング



最近のコメント



カテゴリー



FC2カウンター



ネットサーフィンの鉄人

ネットサーフィンの鉄人



ブログ全記事表示

全ての記事を表示する



RSSリンク



てくてく…



お友達のブログ

このブログをリンクに追加する



グリムス