| 嫌な感情 |
こんにちは上田です。
読んで下さりありがとうございます。
先日、お世話になっている方のところにある講師の方が訪問されたことを聞きました。
そのとき、嫌な感情が起きました。
それは、また自分に対して非難をしてくるのではないかと思ったこと、そして、大事な人間関係を壊しに来たのではないかと思ったからです。
でも、よくよく考えたら、それって執着だなって思いました。
嫌な感情って、なるべく起こしたくない。
嫌な感情を起こすと何か自分が責められているような感じがして、相手の欠点を指摘したくなる。
あそこは、間違っているとか・・。
そうやって無意識のうちに自分を正当化しようとしています。
私はそうやっている自分って、子供だなーって思ってしまいます。
だって、そうやって相手の間違いを指摘しても自分が正しいことにはならないからです。
でも無意識のうちに自分を守ろうと自己弁護をしてしまう。
こういうところが直ったらなあと思います。
ホントすべてのことに穏やかでおれたら、いいなあって思いました。
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| 子供の成長 |
こんにちは上田です。
読んで下さりありがとうございます。
私は仕事柄、いろんな子供さんと接することがありますが、その子にはその子にあった育て方があるんだなと思います。
子供の性格も十人十色。百人いたら百通りの育て方があっていいと思います。
私達はどうしても人を見て、自分の子にはこれが足りないのではないかと不安になります。
その不安が焦りとなって子供に向かってしまうと思います。
私達にできることって、子供の成長を見守って、育ってゆく方向を温かく応援してあげることかなって思いました。
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| 自分を持つ |
こんにちは上田です。
読んで下さりありがとうございます。
先日、福岡県で開催されているミレイの美術展を見に行きました。
私は絵画というものには、今まで縁がなかったのでその素晴らしさはよく分かりませんでした。
正直な感想としては、初期の絵は写実的でまるで写真のようにどんな風に描いているんだろうって近付いて見ていましたが、晩年の作品に近付くにつれて絵が訴えているように感じて不思議と少し離れて見ていました。
見る人が見たらもっと感動するんだろうなあと思いました。
そこでふと思ったことは、やっぱりひとつのことに打ち込んで、それを続けている人は素晴らしいなあと思いました。
なぜなら、ちゃんと自分というものを持っているからです。
生きるということは多くの選択の繰り返しです。その選択で何を選ぶのか、それを自分で考えて自分の意思で決定してきた人には、ちゃんと自分があります。
でも人から嫌われないように選択してきた人には自分がありません。
振り返ってみると私は今まで言われるまま動いていた人生だったように感じます。
その時はそれなりに忙しかったので、充実していると勘違いしていました。
でも、それは自分の足で歩いていたんじゃなかったと反省しています。
自分をしっかり持つことってとても大事なことですね。
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| どうしても達成したい」と執着するほど、本来の目的が見えなくなる |
こんにちは上田です。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ある出来事を「どうしても達成したい、実現したい」と思うことは、
思いにとらわれているということにほかなりません。
「こうでなければイヤだ」と執着を強く持つ(思いを強く持つ)
のではなく、こだわりやとらわれを捨て、そこからいかに
切り離されるかということがポイントです。
「そうなったらいいな。ならなくてもいいけど、でも、そうなると
いいな」
「そうならなくてもいいけど、なったら嬉しい、楽しい、幸せだ」
と思ったとき、不思議な力(潜在能力)が助けてくれます。
超能力的な解決法とでもいうのでしょうか、そういう力がどこから
か支援してくれるのです。
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私たちは何かにとらわれると、物事が正しく見えなくなっていく
ように感じます。そして、そうやってこだわればこだわるほど、
物事の一面しか見えなくなっていき、最終的に、
自分が何をしたかったのか分からなくなってゆくように感じます。
やってもやっても上手くいかないスランプに陥ったら、
執着の手を放し、肩の力を抜いてみたら、
案外、答えは簡単に見えてくるのじゃないかと思いました。
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| うそをつくほど、鈍感になってゆく |
こんにちは上田です。
お釈迦様のお言葉に次のようなものがあります。
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知りながらも偽りを言うようになれば、
どんな悪事でも犯すようになる。
悪いことをするから、偽りを言わなければならないようになり、
偽りを言うようになるから、平気で悪いことをするようになる。
(仏教聖典) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
うそは恐ろしいものだと思います。
昔からうそつきは泥棒の始まりといわれますが、うそをつく人は
どんな恐ろしいことでもやるようになってゆく。
世の中にはうそをつかなければ生きてゆけないという人もいます。
確かに、その人がいいたいことも分かります。
でも、私はできるだけうそをつかないように生きてゆきたい。
なぜなら、私は今までうそをついて、一杯人を傷つけてきたから…。
うそをつき続けると、相手の心に鈍感になってゆく。
相手がどんなに傷ついていても、平気になってゆく。
そして、そんな恐ろしい状態になっていっていることに気づかない。
そんな経験をしたから、だから、これからはうそをつかないように
生きてゆきたい。
人を傷つけないように生きることは難しいことですね。
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