幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
リセット人生
こんにちは上田です。

ふと振り返ると私の人生って本当に損をしてきたなあと

感じます。

一番は小学校や中学校、高校で出来た友達を大事に

してきたら今頃、違っていたと思います。

本当に友達を大事にしている人は、お金や時間を

使ってでも会いに行っています。

だから、環境が変わっても、友達関係が続いている。

でも、私は環境が変わっていたら、前の人間関係が

自然と無くなっていました。

ホント、リセット人生だったと思います。

もっと今までの人間関係を大事にしていたらと

今更ながら後悔しています。

人間関係を大事にしていきたいですね。
Image221.jpg

あかりです。よろしくね。
伝わっているつもり
こんにちは上田です。

私たちって自分が話したことは相手にちゃんと伝わっていると

無意識に思ってしまっているんですね。

だから、自分の思い通りにならないと

「どうして、私の気持ちが分からないの?」って

イライラしてしまうんだと思います。

でも、実際は私が思っているように相手は理解していないんですね。

相手を知るってことはまず、そのズレを知ることじゃないかと

思います。

自分はこのように思っているけど、相手はどのように感じている

だろう。そう思って接してみると人と接するのも楽しくなるのかも

しれませんね。
認めてあげること
こんにちは上田です。

世の中はみんな結果を求めてしまう。

確かに結果も大事です。

でも、もっと大事なことは一生懸命頑張ったことを認めてあげることだと思います。

相手は一生懸命頑張ったんです。

でも結果がでなかっただけなんです。

それを意味がなかったように否定することは決してやってはいけないことだと思います。

その気持ちを分かってあげるだけでも相手は救われた気持ちになります。

そんな優しい人間になれたらと思いました。

今にスポットライトを当てる
こんにちは上田です。

幸せになるためには、今にスポットを当てることが大事なこと

だと思います。

今にスポットを当てるというのは、今日の一日の一歩を大事に

することです。

私たちはどうしても過去と未来にとらわれてしまいます。

過去はもう過ぎ去ってどうすることもできないのに、いつまでも、

昔の俺はこうじゃなかった、昔はもっとこれができたのにと

過去にこだわり、今の自分が見れていません。

そんなことより今の自分にできることを少しずつでもやってゆけば

未来はよく変わってゆくのに、どうしても過去にこだわって

しまうのですね。

そして、まだ来ていない未来を恐れてビクビクしている。

そうやっている間に今日の一日が過ぎてゆき、恐れている未来に

突入してゆく。

やっぱり、今日の一日をちゃんと見て一歩一歩進んでゆくことが

幸せにつながると感じました。
自分が正しいと思い込む

こんにちは上田です。

先日、本を読んでいたときに、そうだなって思うところが

ありました。難しい内容ですが、紹介します。

------------------------------------------------------------

<見取見>は、自分の考え方、自分の見方を絶対視し固執する作用
である。

存在の真相を知らぬくせに、自分の見方や考え方を絶対視する
<こころ>の作用が<見取見>だ。『論』は「一切の闘諍(あらそい)のよりどころになる」と述べている。

自分の考えは絶対に正しいと思って、一歩も譲らない、もし人がお互いにそんなことばかり言い合っていれば闘争は絶えない。
しかも、その自分たるや、末那識=自己中心的なものの見方しか
できない自分なのだから、それぞれ勝手に自分の言いたい放題の
ことを言いあっていることになる。


人皆心あり。心各(おのおの)執(と)れること有り。彼是すれば我は非ず、我是すれば彼は非ず。


聖徳太子の『十七条憲法』の十条だが、相手が是認すると我は否認する、我が是とすると彼が非とするのは<見取見>だろう。それをしている限り、争いはいつまでたっても絶えない。

ではいかにすべきか。『憲法』はさらに続ける。

われ必ずしも聖に非ず。かれ必ずしも愚にあらず。
共にこれ凡夫のみ。
(わたしは必ずしも立派な聖人でもなければ、相手も必ずしも愚か者ではない)

是非の理、誰かよく定むべき。…
(だから、言い争っていることがどちらが正しいか。誰が決めれるというのだろうか)

ここを以って、かの人怒るといえども、還ってわがあやまちを恐れ、
(ここをもって、相手が怒ったときには、自分に何か間違いがあったかも知れないと恐れ)

われ独り得といえども、衆に従いて同じくおこなえ
(自分が独り利益が得られるとしても、皆さんと同じように行いなさい)

------------------------------------------------------------

イメージ
こんにちは上田です。

イメージトレーニングじゃないですが、幸せになる為には幸せなイメージを常に持っていることが大事だなと思います。

幸せに向かっている人は、常に幸せになった姿を思い浮かべています。

そして、自分の描いている姿と今の自分とのズレを意識していると思います。

だから、迷わず自分のイメージした幸せに向かって進んでいると思います。

だから夢をかなえることができるんですね。

反対に不幸になる人は不幸になりたくないと思いながら、不幸になったイメージを思い浮かべながら一歩一歩不幸への階段を進んでいると思います。

できるなら、いつも幸せになったイメージを思い浮かべたいですね。


みんな自分が大事だからこそ、ほかの人も大事にできる
こんにちは上田です。

先日、読んでいた本の中でそうだなって納得したことが

あったので、紹介します。

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仏在世のころ

コーサラ国のハシノク王とマリ夫人との対話である。

王「妃よ、世の中で、自分よりいとしいと思うものがあるか」

妃「王よ、私には、この世に、自分よりいとしいと思われるものは
  ありません」

王「そうか。妃よ、私にもそうとしか思えない」

こう書いてしまうと、いとも単純明快な対話のようになってしまうが、2人のこのやりとりの間には、きっと深く長い沈黙があったに違いないと思う。ことはかなり重大な問題のはずである。

きちっとした考え方を持たない人間や、いい加減な夫婦であったならば、そのまま破局につながりかねない、おそろしい対話といわざるを得ない。

その恐ろしい言葉を口にしてしまった二人は、同時にこれでよりのだろうかと考えこんでしまう。どこかが間違っているのではあるまいか。そこで、日ごろ尊敬しやまぬ仏陀のもとに参じて、その是非を問うことにした。

二人の話を、じっと聞かれた仏陀は深くうなずかれ、次の言葉を説いてお示しになったという。

「人のおもいは、いずこへもゆくことができる。

 されど、いずこへおもむこうとも、

 人は、おのれより愛しいものを見出すことはできぬ。

 それと同じく、

 他の人々にも、自己はこの上もなく愛しい。

 されば、

 おのれのいとしいことを知るものは、他のものを害してはならぬ」

------------------------------------------------------------
誰でも自分が一番かわいい。

悲しいことですが、それが事実だと思います。

だからこそ、みんな自分が大事であり、そのことに気づいた人は
他の人の自尊心を傷つけてはなりませんよ。

と教えられています。

ホント、そうだなあって思いました。
その人を育てた両親に感謝できる心
こんにちは上田です。

ある人からこんなメールをもらいました。

私はなかなかこんな気持ちになれないので、こんな気持ちに

なれる人は素晴らしいなあって尊敬します。

こんな心で毎日過ごせたらいいですね。

------------------------------------------------------------

私の幸せを心から願ってくれる方に出会ったとき、

安心感に包まれます。

なぜだかわからないけれど、会ったこともないのに、

その方を育てたご両親にありがとうと言いたくなります。

私は生まれて始めてこんな感情をいだきました。

「なにを苦しんでたんだろう、私の幸せを願ってくれている方が

いるのに、申し訳ない」って思いました。

涙がいっぱい出ました。

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相手の常識にあわせる
こんにちは上田です。

人の姿を見ていて

「あ〜これではいけないな、教えてあげないと」

と思うことってありますよね。

でも、親切心だと思って教えてあげると、相手は逆に腹を立てて

しまって、どうして分かってくれないんだろうって悩むことって

ありませんか。

わたしもそうやって悩むことがあります。

これって、多分、自分の常識と相手の常識が違うことが原因だと

思います。

自分の常識に相手をあてはめようと一所懸命にやっても、相手と

常識が違うから、分かってもらえない。まず、自分が相手の常識

まで降りてゆかなければならないといけないんですね。

相手のところまで自分が降りていったとき、初めて自分の言葉が

相手に届くような気がします。

でも、思っているようにはなかなか上手くいかないですね。
自分を振り返る
こんにちは上田です。

自分の気持ちが落ち込んだとき。

それは自分を振り返ることができていないときだと思います。

毎日毎日がダラダラと単調に過ごしている。

そうするといつの間にか気持ちに張りが無くなり、どんよりとした

気持ちになってしまいます。

そんなとき、私は日記をつけるようにしています。

日記をつけると不思議なものですね。

心のモヤモヤがスッキリしてくる。

明日も頑張るぞ!そんな元気が出てきます。

自分の生活を振り返ることって大事なことですね。

白鳥の湖を踊っている
こんにちは上田です。

人と接するとき思うことですが、やっぱり無理をしては

いけないなあって思います。

自分をよく見せようとかっこつければ、つけるほど、

本当の自分が見せられなくなってしまう。

まるで、バレリーナが白鳥の湖を踊るように

背伸びをして、つま先で歩いているように感じます。

どうして、そんなに無理していい顔してしまうのでしょう。

やっぱり嫌われたくないからかな。

でも、頑張れば頑張るほど、自分を追い詰めているように

感じます。

白鳥の湖を踊るのをやめて、等身大の自分でぶつかってゆけば

きっと、生きるのが楽しくなると思いました。


動物関係
こんにちは上田です。

先日、読んでいた本でそうだなって思うところがあったので

紹介させて頂きます。

これは細川巌さんの書かれた「信は人に就く」の中の

一節です。

------------------------------------------------------------

人間は友達をもたなきゃダメなんだ。どうしてか。それは、人間に

なれないからです。人にはなるのです。人というのは知的な存在で

あって、働きをもった存在ですね。ホモサピエンスという人類に

属する人には生まれても、人間にはなれない。

間とは何か。間柄だ。人間関係、深い連帯。そういうつながりを

もってはじめて人間になる。だから人間が間というのを失ったら、

人になる。人というのは動物の一種である。動物というのは雌と

雄しかいない。友というのはいないですね。親子というのもない。

ある時期から離れてしまう。そういうのを動物関係という。

人間というのは違うんだ。たとえ親子であっても、それだけでは

動物関係、人間ではない。間柄、むすびつきが大切です。

本当の間柄というのは友ですよ。友としてのつながり。

友というのは友情。そういうのが最も強い、そして正しい間柄です。

友というのは利害関係を離れている。そして何らかの補償、

私はあなたを愛するから代わりにあなたも私を愛してくれ、

というようなものではない。無償の関係をもっているのが友なんだ。

友の喜びに私は一緒になって喜び、友の悲しみに一緒になって泣く。

そのような深いつながりがある。それがあってはじめて人間なのだ。

友がいなくてはならない。

------------------------------------------------------------

人生お金じゃないっていう人が多いけど、じゃあお金よりも何が

大事って聞かれるとなかなか答えられないものですよね。

でも、最近、思うんです。人間関係って、人生の中でお金以上に

とても大事な財産だなあって。

今までおろそかにしてきた分、これからは大事にしていきたいと

思います。

正義をつかんだ人
こんにちは上田です。

突然ですが・・・

私は宗教家ですが、宗教に対してあまりよくないイメージを

持っています。

それは、宗教を信じている人はどうしても自分の中に

正義があり、それをまわりの人に押し付けてくるからです。

正直なことを言いますと、私は以前ある浄土真宗の団体に

所属していました。

そのときは、この団体の教えこと一番だと信じ、いろんな人に

話をしていました。

でも、その団体から抜け出し、今、1人の人間として

いろんな人と接したとき、今まで自分の考えてきたことが

「井の中の蛙」であったと知らされました。

やっぱり世間で大人と言われている人は、相手がどんな信仰を

持っていたとしても、1人の人間として、その人と付き合って

いました。

そして、決して、自分の中の正義を押し付けることはしません

でした。

こういうと、正しいことなら、相手に押し付けていいんだと

反論されそうですが、そうやって自分の考えを相手に強制する

ことによって、いろんな人が傷つき、人間関係が破壊されてゆく

ことが知らされました。

人間とはひとたび正義を握ると相手の心に対して鈍感になって

しまうのですね。

悲しい現実ですね。





休むことに罪悪感を感じる人
こんにちは上田です。

間違った罪悪感を感じる人が世の中に多いと思います。

この罪悪感は休んでいるのが悪いことをしているように

感じてしまう。そして、自分を責めて頑張ろうとする。

また、人に迷惑をかけることを極端に嫌う。

こんな特徴があると思います。

この人って、休むことができないんですよね。

だから、本当に休まなければならないときも、無理して

頑張ってしまいます。それで結局、苦しむ。

これじゃあ、幸せにはなれないと思いました。
悪循環の連鎖
こんにちは上田です。

誰だって思い通りにいかないときってありますよね。

そんなときに、焦ってもがけばもがくほど

泥沼にはまってゆく。

こういうときって、私も経験がありますけど、

やることなすこと上手くゆかない。

もうこんな状態から抜け出せないんじゃないかって

落ち込んでしまったりするんですね。

まさに悪循環の連鎖。

こんなことって誰にでもあると思います。

でも、そんなときに必死になることをやめて、

成り行きに任せてみたら、

案外、物事が上手くいったりするんですね。

やっぱり、悪循環の連鎖に陥ったら、

焦って動くことよりも落ち着くことが大事じゃないかなって

思います。
白い自分と黒い自分
こんにちは上田です。

人間誰しも心の中に白い自分と黒い自分を持っている。

そして、白い自分を愛し、黒い自分を憎んで無くそうとしている。

これが誰しも持っている正義だと思います。

その正義が強い人ほど、自分の黒い部分と同じものを持っている人

を見ると嫌な気持ちになる。無意識のうちに、

「自分はこの黒い自分を無くそうと必死になっているのに、

お前は何で持っていながら、平気にしているのか?」

と相手を責める心が起きてくる。だから、どうしてもけんかを

してしまう。

結果的には正義感が強い人ほど、孤独になってしまうのですね。

私は本当に強い人は自分の黒い部分を許せる人だと思います。

でもなかなか難しいですね。

私たちって幸せを求めて生きているんでしょうか?
こんにちは上田です。

私たちはみんな幸せを求めて生きているように思っている。

でも実際は責められないように生きているんじゃないかなって

思います。

人に迷惑をかけないように気をつかって、気をつかって、相手の

顔色をうかがって、そして、そこでたまったストレスを発散させる

ことが幸せであるかのように考えている。

これって結局は幸せを求めているわけじゃないから、

いつまで経っても、幸せにはなれないように感じます。

やっぱり、幸せになりたいとちゃんと願わなければ、幸せって

やってはこないと思います。

心の冬眠状態
こんにちは上田です。

無理をすると良くないな〜って最近感じます。

疲れたなあ〜とか嫌だな〜と思うのは休めという心のサイン。

それを無理して我慢していると、やがて、無理することが慣れて、

何も感じなくなる。そこで無理ができるじゃないかと頑張ると。

ド〜ンと身体が動かなくなってしまう。そうなると無理したくても

無理ができない。心の冬眠状態になる。

そこで後悔しても遅いんだけどね。

休めはこまめにとりたいものですね。
心の休養

こんにちは上田です。

前にも書きましたが、私達は体の休養と同じ位、心の休養も必要だと思います。

以前はあんなに頑張れたのに、今は全然やる気が起きてこないのは、それは心の休養が必要なとき。

ボーとテレビを見てるのも何もせずに一日を過ごしているのも、その人にとって必要だからしていると思います。

そんなときに回りの人がなんであの人は怠けているんだと責めてしまったら、その人はいつまで経っても休めない。

だから、その人が動き出すまで温かく見守ってほしい。

十分に休んだら、自然と動き出すと思いますよ。

相手を幸せにできる人
こんにちは上田です。

相手を幸せにできる人って、どんな人だろう。

きっとその人と接すると心が安心できる人じゃないかと思う。

安心できる人って、自分のことをちゃんと見てくれる人、自分のことを認めてくれる人、自分のことを責めない人だと思います。

どんなに相手のことを思って頑張っていても、それで不満がたまってイライラしていたら、やっぱりその人と接して安心できないように思います。

マイペースでも怒らない人がいいですね。

スーパーマリオ
こんにちは上田です。

世の中にはマリオが一杯いるように思います。

マリオって知ってますか?

昔、スーパーマリオというゲームが流行りましたよね。あのマリオです。

スーパーマリオでは、主人公が楽しく敵を踏みつけて倒してゆきました。

それだけじゃないんです。強くなると炎までだすんです。

それと同じように相手を踏みつけることを楽しんでいたり、気に入らないものに怒りの炎をぶつけているマリオが一杯いるように思います。

こんな時代ではヨッシー君となってマリオに乗られて従ってゆくしかないのでしょうか?

難しい世の中になったようです。

怠けているように見える時間もその人にとって大事な休息の時間
こんにちは上田です。

ある人から、これは心に残りましたと紹介された言葉を

紹介します。

これは、「育てたように子は育つ」という本の中の言葉です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
怠けているように見える時間は、大抵は心のエネルギーの充足の

ために必要な休息の時間なのだ。

どんなに長く続く休息に見えたって、本当に必要な時間なのだ。

そのことは、本当に十分の休息を与えたあとになってみるとよく分

かる。分からないのは、不十分なうちにせき立てて次の活動に追い

込むからである。

本当に必要な休息や回り道の時間なのに、誰かが怠けているなどと

いうものだから、やがてその子は自分のことを、本当に怠け者で

存在価値が小さな人間だと思い込んでしまう。初めから自分の

価値が小さいなどと思って生まれてくる子供は決していないのに。

悲しみや苦しみを乗り越えて生き抜く力を子どもに与えることは、

自分の価値が大きいものであることを常日ごろ教えておいてやる

ことである。自分の価値を信じる力、深い静かな自信を育てて

おいてやれば、苦しみや悲しみは喜びや気楽さよりも、真の人格を

育てるために大きな潜在力になるであろう。

だがしかし、自分を信じられるような愛情に恵まれないいまま、

悲しみや苦しみを与えられたら、子供は自分の人格を破壊して

しまう。生きる力さえ失ってしまうこともある。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
体は放っておいても成長するのに、心は一度、失敗を恐れて

やらないようになると止まってしまうように感じます。

だから、やがてつまずいて、一見すると怠けているようなときが

必ず来ると思います。

そんなときに、まわりの人がいかに

「この人は怠けているんじゃないんだ、今は、この人にとって

休息のときであり、心が成長するために必要な時間なんだ」

と思ってやさしく接してあげることが何よりも、

相手の心を救うことになると思いました。

やっぱり相手の心の状態をちゃんと見てあげることが大切ですね。
心に鎧を着て生きている
こんにちは上田です。

私たちってどうして親しい人に対しても強がって、弱みを見せれ

ないのでしょうか。

だから、どうしても自分が上に立とうとしてしまうし、

苦しいときには相手を責めてしまう。

いつも心に鎧を着て相手と向かっているんですね。

心の鎧が取れなければいつまで経っても、心は一人ぼっちの

ままで終わってしまいます。

もう少し心を開くことができたら、もっと相手と仲良くなることが

できるのに・・・。

心を開いて相手と接することは難しいことですね。

仮面(ペルソナ)をつけて生きる。
こんにちは上田です。

私たちはどうして自分の心に正直に生きてゆくことが

できないのでしょうか。

いつも、心に仮面をつけて、人と接している。

ここは笑わなければならないところだから笑う。

ここは悲しまなければならないから悲しい顔をする。

そうしているうちに、心から笑えなくなる。

みんなに合わせて笑っていても、心は何かしらけている。

そんな思いで毎日を送っている人が世の中にはたくさんいるように

思います。

そんな思いをして相手に合わせなければならないのでしょうか。

相手の顔色を見て生きていっても苦しいだけのように感じます。

できれば自分の心に正直に生きてゆきたいですね。
頭で分かっていてもできない。
こんにちは上田です。

人間は頭では分かっていても、できないことって

ありますよね。

この場所でこんなことをしてはいけないって、

分かっているんです。分かっているんです。

でも、その場になるとできない。

そんなことって一杯あるように思います。

でも、他の人がそんなことをしていたらどう思いますか?

なんであの人をこんなことをしているんだろうって

批判の目で見てしまうのではないでしょうか。

自分にできないことでも人のことになると厳しくなってしまうのが

私たちだと思いました。
幸せの貯金
こんにちは上田です。

今苦しい思いをして頑張れば、未来幸せになれると思って

頑張っている人がいます。

でも、疑問に思うのですが、そうやって頑張って本当に幸せに

なれるのでしょうか。

その人にとって幸せとはなんでしょうか。

お金が手に入ること?地位が得られること?

たくさんの財産を築くこと?

それって物質的な幸せであって、本当の幸せではないような

気がします。

私は幸せって貯金のようなものだと思います。

今、ちょっと幸せだったのが、そのちょっとがだんだんと大きく

なってゆく。

それが本当の幸せなんじゃないかなって思います。

やっぱり、今がちょっぴりでも幸せにならなければ、未来、本当に

心から喜ぶ幸せにはなれないように思いました。


プロフィール

Author:上田祥広
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