| 子供の成長 |
こんにちは上田です。
読んで下さりありがとうございます。
私は仕事柄、いろんな子供さんと接することがありますが、その子にはその子にあった育て方があるんだなと思います。
子供の性格も十人十色。百人いたら百通りの育て方があっていいと思います。
私達はどうしても人を見て、自分の子にはこれが足りないのではないかと不安になります。
その不安が焦りとなって子供に向かってしまうと思います。
私達にできることって、子供の成長を見守って、育ってゆく方向を温かく応援してあげることかなって思いました。
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| どんな心で接するか |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
私たちの未来は、まわりの人にどんなことをしたか、
どんなことを言ったかで決まるのではなく、
どんな気持ちで接したかで決まると感じます。
まわりの人と話す時でも、自分が穏やかで幸せな気持ちで接して
ゆけば、その幸せは、どんどんと広がり私を豊かにしてくれると
思います。
反対に、不安でイライラした気持ちで接したならば、
その不安は、まわりの人を暗くし、暗い生活へと変えてゆくと
思います。
私の幸せも不幸も、きっと自分の心によって生み出されてゆくの
ではないかなって思いました。
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| 友人を作られない子どもたち |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今回は
「育てたように子は育つ」 佐々木正美著
から、心に残ったところを紹介します
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ●友人を作られない子どもたち
学校は今や「集団」ではなくて生徒の「郡」にすぎなくなって
しまったという教師の嘆きをよく聞く。
また、子どもに友人ができないという親の相談も増えている。
安定した自我の成熟や人格の発達のためには、集団に参加すること
が必要である。受験勉強に追われ、クラブやサークルへの参加もま
まならない現代の若者は、旧世代との間の断絶だけでなく、
同世代の相互間でも断絶し合っている。受験戦争のライバルとして
の友人を敵視しているような子どもさえいる。彼らの慢性的不安の
根源は、社会的な孤立に原因があると言える。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 表面的なつきあいしかできない人が増えていると私も思います。
これって、実はとても大変な問題じゃないかと感じています。
友達の作れるような社会になったらと念じています。
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| 僕が一番欲しかったもの |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
ある人からこの曲は感動しましたよって教えてもらいました。 まず、聞いてみて下さい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「幸せ」という事で 槇原敬之さんの曲で 僕が一番欲しかったもの ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ こんな幸せを拾った人は幸せだなって思いました。
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| すべてが自分にちょうどいい |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ お釈迦様の言葉に、このようなものがあります。
すべてがあなたにちょうどいい。
今のあなたに今の夫がちょうどいい。
今のあなたに今の妻がちょうどいい。
今のあなたに今の子どもがちょうどいい。
今のあなたに今の親がちょうどいい。
今のあなたに今の兄弟がちょうどいい。
今のあなたに今の友人がちょうどいい。
今のあなたに今の仕事がちょうどいい。
死ぬ日もあなたにちょうどいい。
すべてがあなたにちょうどいい。
自分のおもいどおりにならない社員に対して、
ひどく怒ったり、怒鳴りつけたり、威張ったりする社長がいるとし
ます。
そのような社長が、私に「社員が自分の思いどおりにならない。
どうして思いどおりに動かないんだろう。
どうしたら、自分の思いどおりに動くようになるか」と相談に来る
ことがあります。
私は、そのような質問を受けたときは、今書いたようなお釈迦様の
「ちょうどいい」という言葉の話をします。
「すべてがちょうどいいのだそうですよ。自分の思いどおりになら
ない社員に対して、怒鳴ったり、怒ったり、威張ったりしていませ
んか?」と聞きますと、「それは、ときにはそうしないといけない」
と話されます。
でも、それは違うらしい。怒鳴ったり、怒ったり、威張ったりして
いるのは、自分が偉いと勘違いしているだけです。
怒鳴ったり、怒ったり、威張っている人のもとには、
そのような社員しか集まってこない。反対に、どんなことに対して
も、笑顔で、にこやかに、温かさを持って接することができる人は
「人格者」であり、「人格者」のもとには、にこやかで楽しい人が
集まってきます。
「私」がすべてを決めています。すべてが自分にちょうどいいので
す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 私は苦しくなったとき、よくこの言葉を思い出します。
今の自分には、この苦しみがちょうどいい。
自分を成長させるためにすべてのことがあるんだなって
思っています。人生には意味のないことはないんですね。
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| タマでさえも発言している! |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
サザエさんを見ていて思うことですが、サザエさんのお宅の食事の
風景ってホントすごいなって思います。
だって食事のとき、みんな会話を楽しんでいるからです。
思い返してみると私は小さいときから食事のときにテレビを見て
育ちました。
それが悪いと思いませんが、食事のときにテレビの方ばかりを見て
会話をすることがほとんどありませんでした。
確かに家族が揃って食事をしていましたが、そこには会話がない、
話すとしても1対1ばかりで、1対多がない。でも社会に出ると、
1対多の場面って多いんですよね。
そんなとき、どんなことを話したらいいか困ってしまうんです。
どんな話をしたらいいか分からない。
隣同士しか話をしない。
一方的に話をするか
一方的に話を聞くかで会話になっていない。
だから、サザエさんの食事風景を見ると感動してしまうんです。
みんなが発言して、みんながちゃんと聞いている。
タマでさえも発言してる!
そこには家族の輪があるんです。
こんな風になれたらいいですね。
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| 自分を持つ |
こんにちは上田です。
読んで下さりありがとうございます。
先日、福岡県で開催されているミレイの美術展を見に行きました。
私は絵画というものには、今まで縁がなかったのでその素晴らしさはよく分かりませんでした。
正直な感想としては、初期の絵は写実的でまるで写真のようにどんな風に描いているんだろうって近付いて見ていましたが、晩年の作品に近付くにつれて絵が訴えているように感じて不思議と少し離れて見ていました。
見る人が見たらもっと感動するんだろうなあと思いました。
そこでふと思ったことは、やっぱりひとつのことに打ち込んで、それを続けている人は素晴らしいなあと思いました。
なぜなら、ちゃんと自分というものを持っているからです。
生きるということは多くの選択の繰り返しです。その選択で何を選ぶのか、それを自分で考えて自分の意思で決定してきた人には、ちゃんと自分があります。
でも人から嫌われないように選択してきた人には自分がありません。
振り返ってみると私は今まで言われるまま動いていた人生だったように感じます。
その時はそれなりに忙しかったので、充実していると勘違いしていました。
でも、それは自分の足で歩いていたんじゃなかったと反省しています。
自分をしっかり持つことってとても大事なことですね。
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| 等身大の自分 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
人と接するときに思うことですが、
なるべく正直にその人と向き合うことが大切だと思います。
私たちはどうしても相手に認めてもらおうと自分を良く見せようと
したり、かっこよく見せようとしたり、必要以上に大きく見せよう
としたりする。
でもそうやって一度自分をよく見せてしまうと、いつもその人の前
ではいい人を演じていなければならなくなる。
そうやって段々と人と会うのが苦しくなる。
そんなにまでして何故演じてしまうのだろう。
等身大の自分でもちゃんと相手は認めてくれるのに…。
勇気を持って正直に人と接してゆきたいです。
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| ウソの雪だるま |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
人間関係の絆って、ちょっとずつしか深まらないものだなって
感じます。
1回1回の人のふれあいは点みたいなもので、それを積み重ねて
ゆくことによって、点が線になってゆくのだと思います。
そして、1度、相手とつながると、それからは絆がどんどんと
太くなってゆきます。でも、そうやってできた絆もたった1度の
うそでもろくも崩れてゆきます。
どんなに苦労して頑張ってきたとしても、一度うそをついて
しまうと、うそがうそを呼び、雪だるまが大きくなってゆくように
うそを重ねてしまう。
そんなときに大丈夫かなって思って尋ねてみると
きまって、調子のいいことを言って、その場を誤魔化そうと
してしまう。
でも、そうやってうそを積み重ねていった結果は、ある日突然
やってくる。
そのときは、うそに巻き込まれた人みんなに悲しい思いを与えて
しまうんですね。
私はピンチのときに正直になれるだろうか…。
ホント、ウソは恐ろしいですね。
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| 見えない涙 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
中日新聞の幸福のレシピに載っていた記事ですが
心に残ったので紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 見えない涙
「おりこう」の裏 考えて
真美ちゃんは、生後6ヶ月の女の子。腸の病気で入院してもうすぐ
一ヶ月になります。手術も無事に終わり、あとは退院を待つばかり
です。お母さんは毎日夕方、面会に来ています。真美ちゃんはおと
なしくてひとり遊びも上手という評判です。看護師さんとの話し合
いでも、問題として名前が挙がることがありませんでした。保育士
さんも「真美ちゃんはおりこうさんなので」と安心しています。
けれど私はかえって不安でした。入院中でお母さんとあまり会えな
いのに「おりこうな赤ちゃん」というところが妙に引っかかってい
ました。ある朝、申し送りが終わって病室に行くと、真美ちゃんは
静かに遊んでいました。評判通りです。けれどもひところ私が声を
かけると、とたんにぱっと目が輝き、「あ〜う〜」とお話が始まり
ました。そして手足をバタバタ。そのうちだっこしてという要求。
そこでだっこをすると満面の笑み。こうしてしばらくおしゃべりを
楽しんだ後、真美ちゃんをベッドに寝かせようとした時です。
「ふんぎゃ〜」と大きな泣き声がしました。
あらあらと思いながらも私はほっとしました。なぜかといいますと、
それは真美ちゃんの心の健康が確認できたからです。親しく接した
人との別れを悲しむことができる正常な心の発達がうれしかったの
です。真美ちゃんの心の中に自分や他人に対する「基本的信頼感」
が築かれつつあるのだと思いました。最近の小児科病棟は面会時間
の制限が緩和されていますが、お母さんが病院で過ごす時間は意外
と短いように思います。家庭の事情もあるでしょう。
しかし赤ちゃんに理屈は通用しません。お母さんのいない時、
赤ちゃんは見えない涙を流しています。おとなしく問題がないよう
に見える赤ちゃんも心の中では涙を流しています。この涙に大人は
もっと気づかなければいけないと思います。
数日後、真美ちゃんはお母さんに抱っこされて退院していきました。
私は心の中で言いました。「真美ちゃん、お母さんにたくさん甘え
て、お母さんが困ってしまうくらい手のかかる赤ちゃんになってね」
と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 赤ちゃんが泣くことは、心の成長に大切なんだなって
感じました。
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| 子どもの芽をつまない |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 子育てに関して、世のお母さんたちは、「親が子どものしつけをし
ていかなくては」とか、あるいは「子どもがいるのだから、自分は
もっとしっかりしなくちゃ」と、両方背負って苦しんでいる方が
多いように思います。
しかし、子育ての本質というのは、「その子どもの芽を摘まない
こと」なのです。
あれこれと手を出さないのだから、本来はラク。でも、今、子育て
が重荷になっている人は、たぶん、「何とか手を出そうとしている」
のではないでしょうか。手を出して子どもを修正しようとするより
も、その子に対して、「あなたのこういうところがステキよ」とか
「この部分もすごいね」と、第三者として、1人のファンとて喜ん
であげることができたら、子育てはとても楽しいものになります。
ただ、「子どもがキラリと見せた片鱗を喜んであげること」、
それだけでいいのではないでしょうか。
(中略)
子どもが持って生まれた才能をそのまま伸ばしていくには、身近に
いる母親がとても大きな影響を及ぼしています。そこで大事なのは、
子どもを甘やかすのではなくて、あくまでも「芽をつぶさない」と
いうことです。この「甘やかす」と「芽をつぶさない」ことの微妙
な違いを言いますと、一般的に、常識的に気になることは、
その都度、子どもに対して言ってもいい。でもそれを「笑顔で言う」
という方法論をとってください。
そこで聞くか聞かないか、その子のシナリオですから、聞かないと
いって、親が苛立つ必要はなくて、言うのはいくら言ってもかまい
ませんが、どんなときも、その子を肯定してあげてほしいと思いま
す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 父からこんなことを教えてもらいました。
「盆栽といったら、自分の思い通りに木を伸ばそうと
しているように思えるけど、そうじゃないんだよ。
木にはそれぞれ特徴があって、その木にあった伸ばし方をして
あげないと木が上手く育たない。人間もそうだと思うよ」
確かに、子どもに対してできることは、
その子を本当に認めてあげることじゃないかなって思いました。
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| 私を選んで生まれてきた。 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
感動したところを紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 私は30歳で結婚をしたのですが、なかなか子どもに恵まれず、
3年後、ようやく長女が誕生しました。
ところが、待ち望んだその子は知的障害児だったのです。
染色体に異常があり、彼女の知能は永久に発達することはありませ
ん。医師からそのことを告げられたときには、ショックで目の前が
真っ白になりました。
私はしばらく、知的障害を抱えた娘を受け入れることができません
でした。しかし、半年ほど経ったとき、「新生児の600人に1人
は障害児として生まれる」と書かれた新聞のコラムが目に留まり、
その記事を読んだ私はこう思うようになったのです。
「他の家に生まれるより、小林家に生まれてきてよかたね。普通に、
温かく迎えてあげられるから。私は今日まで、まるで被害者になっ
たように思っていたけれど、娘の立場で考えれば、娘はとてもいい
選択をしたと思う。きっと、彼女は、いじめられないようによい親
を捜して、その結果、私たち夫婦を選んでくれたんだね」
そう思った瞬間、私は彼女を受け入れることができました。そして
今日まで、彼女を通してたくさんのことを学ぶことができたのです。
彼女が小学校6年生のときのことです。運動会の徒競走がありまし
た。彼女は普通の子どもよりも筋力がないので、いつもビリ。
でも、その年は足を捻挫した友だちがいたため、「もしかしたら、
はじめてビリじゃなくなるかもしれない」と妻は喜んでいました。
結果は…、娘はまたしてもビリでした。ところが妻は残念がること
もなく、それどころかニコニコと嬉しそうでした。
娘は、捻挫をしている友達を気にかけながら、心配そうに、振り返
り振り返り、走り続けたそうです。
足をかばいながら走っていた友だちがころんでしまうと、
娘は友だちのところに駆け寄り、手を引き、一緒に走り始めたとい わt うのです。2人の姿を見て、生徒も、父兄も、2人に大きな声援を
送りました。
そして、ゴールの前まできたとき、娘は、その子の肩をぽんと押し
て、その子を先にゴールさせたというのです。
この話を聞いたとき、私は気がつきました。人間が生きる目標と
いうのは、競争したり、他人を蹴落として一番になったりすること
ではなく、「喜ばれる存在」になることである。
そして、娘は、そのことを教えてくれるために、
私たちの夫婦の子どもになったのだ、と。
両親の仲がよかったら、私は旅行作家になっていないでしょう。
長女が健常児であったなら、人間は「喜ばれる存在」であるという
ことがわからなかったでしょう。
両親の不仲も長女の障害も、私にはとてもありがたい現象だったの
です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 人生における幸せや不幸とはなんでしょう。
それは目の前に起きたことをどのように受け止めるかではないか
と、この方の話を聞いて思いました。
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| 自分の影に怯える |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
人を恨むと自分の心に影ができると思います。
この影とは、まわりの人は私のことを憎んでいるんでないかと
いう影です。
人を憎んでいる人はこの影がいつも自分につきまとう。
みんな自分を憎んでいるように感じてしまう。
それで、私たちは無意識のうちに、その影が
自分のまわりの人に見えると攻撃してしまう。
こんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか、
まわり中が敵だらけになってしまう。
人を恨まなければ、こんなことにはならないのに…。
人を恨んでいいことはありませんね。
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| 素晴らしいことを素晴らしいって認める |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
いろんな人と接してきて思うことですが、相手のいい所を素直に
素晴らしいと思える人って、素晴らしい人だなあと思います。
私たちはどうしてか、ついつい相手と自分とを比べたがります。
そして、相手よりも自分が劣っていることが分かると
ひどく落ち込みます。
でも、私は思うんです。
「負けていてもいいんじゃないか」
だって、負けたと思った方が相手からたくさんのことが学べると
思うからです。
私も素直に素晴らしいことに対して素晴らしいって言えるように
なりたいです。
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| 邪に対する怒り |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今までの自分を振り返って思ったことですが、私は小さい時から
悪いことをした時、徹底的に叱られて育ってきました。
時には体罰も受けました。
それが悪に対して怒りを起こす心になってしまったと思います。
昔は邪に対して怒ることがいいことだと思っていました。
しかし、最近、自分に大事な人ができて、その人が悪をした時、
怒りをもってぶつかってしまいました。
どんなに自分が正しかったとしても怒りを起こした後は、
大切な人が傷つきます。
そして、傷ついた相手をいやしていって、もう怒らないように
したいと思うのですが、邪を見ると、それが誰であっても怒りが
起きてしまうのです。
これって、結局、今までそのように自分が育てられたからなん
ですね。
だから、この性格を変えてゆきたいです。
大事な人を守るためにも・・・。
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| 無敵になる |
こんにちは上田です。
読んで下さり有難うございます。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 上の娘は、妹のおもちゃを取られても、取り返しに行ったり、
「パパ、ママ何とかして」と訴えたりしない。またおもちゃの山に
行って、新しいのを取ってくるだけでした。
すると、下の娘が寄っていって、もう1回引っ張る。また取られる。
3回同じことをやって、4回も下の娘が近づいていくのですが、
4回目には、下の娘は引っ張られなかったのです。
そして、一緒にそのおもちゃで遊び始めたのです。
これは、私が親から教えられた価値観とはまったく違うものでした。
長女は、誰とも争っていない…。
毎回引っ張っても、全然抵抗がなくて、全部簡単に取れるというの
が3回続くと、4回目は、もう引っ張っても無意味だと下の娘は
思ったのでしょう。いくらやっても同じなのですから。
下の娘は、それを言葉で言われなくても悟り、最後は2人で一緒に
遊び始めた。
そういうシーンを私はずっと見てきたのです。
つまり長女は、頑張らないのです。ただ、取られたら取られたまま
で、「次に自分は何を持ってこようか」と考えるだけ。
取られたことについて、不機嫌になってもいない、
ニコニコして遊んでいるだけ。
戦わないで、争わないでいると、ついには相手は一緒に遊ぶことに
なる。この方法は簡単だし、楽しいし、敵を作らない。それどころ
か味方にしてしまうのです。
彼女の生き方は「無敵」でした。
「無敵」というのは、敵を全部なぎ倒した無敵なのか…。
いいえ、「敵が無い」ことが「無敵」の本質。争いに来た子を全部
味方にしてしまうのが「無敵」なのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 争いから得られるものってありませんよね。
できれば、争いをしないで生きられたらいいですね。
|

| 自分と相手とは違う |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
最近、ドラマ「CHANGE」にはまっています。
そこで、キムタク演じる総理の台詞が心に残ったので紹介します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 そこで、総理がビンガムさんに対して、
「私は以前は、小学校の教師をやっていました。。
去年は、小学校5年生を受け持っていたんですけど、
とにかくよく喧嘩をするんですが、陰湿なものもあって、
中にはいじめにまで発展するものもあって。
問題があったときには、私は子供たちにこう言うんです。
『考えよう』って。
クラスメイトなんだから、自分の納得できないことはちゃんと
言って、相手の言いたいことはちゃんと聞いて、
お互いとことん考えようって。
そうすれば
『相手と私は違うんだ』と気づくことができるんです。
同じ人間だと思っているから、ちょっと否定されただけで
腹がたったり、
誰かが一人別行動をとったら、「なんだアイツ」って
そこから喧嘩とかいじめが始まるんです。
同じ人間なんていないじゃないですか。
みんな考え方や事情も違う人間なんですよね。
だから僕は子供たちに自分と相手は違うんだということを知って
欲しかったのです。
それでどんな言葉を使えば、相手に自分の気持ちが伝わるのか。
どうすれば相手を説得できるのか。
こう考えろって言っておきました。…」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 自分と相手は違う。そこに気づいて相手と接することって、
とても大事なことだと思います。
そこが分からないところから、自分の思いを押し付けたり、
相手の意見と違ったら、腹を立てたりするのだと思います。
私も自分の中にある正義を相手に押し付けることがいいことだと
信じてきました。でも、それって自分と相手が違うってことが
分からなかっただけなのかと反省しています。
なかなか正しいことは分からないものですね。
|

| 苦しみがやってきたとき |
こんにちは上田です。
読んで下さり有難うございます。
人生には様々な苦しみがやってくるものです。
その度ごとに私達は「私が何をした。
何か悪いことでもしたのか」とやるせない怒りが吹き上がります。
でもそんな時に私はできるだけ、これは私にとても大事なことを教えてくれている
チャンスだと思うようにしています。
人生で大事なことはどれだけのものを得るのかということではなく、
何を学び、そして、それを自分の人生の中にどれだけ活かし、
心に刻みつけたかであると思います。
今の苦しみは、今までの心の垢の清算のとき、そこで自分の心を見つめ、
心が変われば、受けた苦しみは貴重な財産となって輝いて見えるのだと思いました。
|

| ありがとうございます |
こんにちは上田です。
読んで下さってありがとうございます。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 就職活動をしていた女性の話です。
その女性ははじめ
「自分は三流大学だから、就職はむずかしいのではないか」
と考えていたそうです。
ある会社の集団面接に行ってみると、次のような質問をされました。
「好きな言葉は何ですか?」
その面接には、彼女を含めて15人の学生がいたそうですが、
彼女を除いた14人は、みんな「努力」と答えたそうです。
ところが彼女だけは
「ありがとう」
と答えました。
「筆記試験も全然できなかったから、どうせ受からないだろうし、
最後くらい媚を売るのはやめて、自分が本当に思っていること
を言おう」と考えたのだそうです。
面接官は、彼女の返答が意外に思えたのか、
「『ありがとう』とは、どういうことですか?」
と聞き返してきました。
彼女は、こう答えます。
「実は、私の母が、『ありがとう』という言葉が好きで、
家の中でも、ずっと言っているんです。
そして、それを聞いていた家族も、みんな『ありがとう』を
言うようになって、温かく、仲のよい家族になれました」
それから2週間後、彼女のもとに採用通知が届きました。
しかも、残りの14人は誰ひとり採用されていなかったそうです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ありがとうって綺麗な響きですよね。
これを読んで私は日ごろ、この言葉を使っているかなって
反省しました。
なかなか使っていない言葉だけど、
なんだか、もっと言ってみたいと感じました。
このブログを読んでくださっている皆さん、
「ありがとうございます。」
|

| どうしても達成したい」と執着するほど、本来の目的が見えなくなる |
こんにちは上田です。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ある出来事を「どうしても達成したい、実現したい」と思うことは、
思いにとらわれているということにほかなりません。
「こうでなければイヤだ」と執着を強く持つ(思いを強く持つ)
のではなく、こだわりやとらわれを捨て、そこからいかに
切り離されるかということがポイントです。
「そうなったらいいな。ならなくてもいいけど、でも、そうなると
いいな」
「そうならなくてもいいけど、なったら嬉しい、楽しい、幸せだ」
と思ったとき、不思議な力(潜在能力)が助けてくれます。
超能力的な解決法とでもいうのでしょうか、そういう力がどこから
か支援してくれるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私たちは何かにとらわれると、物事が正しく見えなくなっていく
ように感じます。そして、そうやってこだわればこだわるほど、
物事の一面しか見えなくなっていき、最終的に、
自分が何をしたかったのか分からなくなってゆくように感じます。
やってもやっても上手くいかないスランプに陥ったら、
執着の手を放し、肩の力を抜いてみたら、
案外、答えは簡単に見えてくるのじゃないかと思いました。
|

| うそをつくほど、鈍感になってゆく |
こんにちは上田です。
お釈迦様のお言葉に次のようなものがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
知りながらも偽りを言うようになれば、
どんな悪事でも犯すようになる。
悪いことをするから、偽りを言わなければならないようになり、
偽りを言うようになるから、平気で悪いことをするようになる。
(仏教聖典) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
うそは恐ろしいものだと思います。
昔からうそつきは泥棒の始まりといわれますが、うそをつく人は
どんな恐ろしいことでもやるようになってゆく。
世の中にはうそをつかなければ生きてゆけないという人もいます。
確かに、その人がいいたいことも分かります。
でも、私はできるだけうそをつかないように生きてゆきたい。
なぜなら、私は今までうそをついて、一杯人を傷つけてきたから…。
うそをつき続けると、相手の心に鈍感になってゆく。
相手がどんなに傷ついていても、平気になってゆく。
そして、そんな恐ろしい状態になっていっていることに気づかない。
そんな経験をしたから、だから、これからはうそをつかないように
生きてゆきたい。
人を傷つけないように生きることは難しいことですね。
|

| 物語が始まる |
こんにちは上田です。
これは昔、ある人から教えてもらった話です。
(以下引用文です。) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 人生というのは、桃太郎みたいなものだ。
桃太郎ではお婆さんが川で洗濯をしていると、
桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてくる。
そのときに、おばあさんが不思議に思って、その桃を
取らなかったら、桃から桃太郎が出てくることもないし、
鬼を退治するという物語が始まることもない。
同じように人生にも、様々な桃が流れている。
その桃を取るかどうかは、君のチャレンジ精神が大事なことだよ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
その人から教えてもらったことをふと今思い出した。
その人とは縁が離れてしまったが、大学時代に私が大変お世話に
なった人です。その話で、人生には、様々な桃が流れていると
言われたけど、本当に今、そうだなって思います。
その桃をひろって、物語を始めてゆくことによって、
人生はどんどんと変わってゆくと思います。
確かに失敗することもありますが、チャレンジしなければ
何も始まらないように感じます。
今のチャンスを活かせるようにチャレンジ精神で進んでいくことが
大事なことかなって思いました。
|

| 行いの報いは自分が受けなければならない。 |
こんにちは上田です。
本を読んでいて心に残ったところを紹介します。
これも「100%幸せな1%の人々」という本の中の一節です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 人生というのは、1人の人間において「自己完結」するものです。
ある女性(40歳くらいの会社員)から聞いた話です。その人には、
23〜24歳の後輩のOLが3人ほどいました。春と秋には、会社
の人たちとバーベキューをしにいくのが恒例になっていました。
そんなとき、いつものその3人のOLは、焼いているときは遠くで
おしゃべりをし、食べる段になると、最前線まで来て食べる。
そして片付けのころになると「用事があるので失礼します」
と言って帰っていく…。何の手伝いをしたことがない、というのです。
その女性は、「今まで、精神的なことを色々学んできた結果、
イライラしたり、腹を立てることも少なくなってきました。
でも、あの3人に対しては、どうしてもイライラと腹が立つのです。
どのように解決したらいいでしょう」と言いました。
自分が、バーベキューを手伝いたくないのなら、やらなくていいの
です。やりたければやればいいし、やりたくなければ、やらなくて
いい。その結果が自分に返ってきます。それが「自己完結」です。
要領よく立ち回っているその3人のOLは3人とも、それぞれの人生
で「自己完結」するはず。
ですから、自分の持っている価値観と他の人(この場合は、3人の
OL)のそれが違っても、論評する必要はありません。
必ずその3人には、その生き方に見合った結果が返ってきます。
必ず「自己完結」するのです。逆に、自分が他人に対して腹を立て
ながらいやいややっていれば、それも「自己完結」するし、笑顔で
やっていても「自己完結」します。「頭にくるからやらない」と
いうのでもいいのです。ただ、それに対しての「自己完結」も
必ずやってくる、ということを覚えておいてください。
|

| 自分の人生を幸せにする鍵 |
こんにちは上田です。
私たちは毎日の生活を離れて、外の世界へ行ったら、
そこに幸せがあるとついつい思ってしまいます。
でも、自分の人生を幸せにする鍵は、実は目の前にある
と思うんです。
つまり、本当に解決しなければならない問題は
すでに目の前にあり、それと向き合うことから逃げているだけ
なんですね。
だから、自分の心に決意が生まれるまで、外に出て、
いろんな人に接して、様々なことを経験しているんだ
と思います。
それによって知らされることはすべての問題は自分の心にある。
この心に目を向けることによって、幸せの扉は開かれると思います。
世界は広いように見えて、心の中に収まるのかなって思いました。
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| 自らの手で苦しみを生み出す。 |
こんにちは上田です。
本を読んでいて心に残ったところを紹介します。
「100%幸せな1%の人々」という本の中の一節です。
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アフリカでは、チンパンジーやオランウータンを生け捕りにする際、
木のウロにバナナや木の実を入れておくそうです。
チンパンジーやオランウータンは、獲物を見つけると穴の中に手を
入れます。その穴はものをつかんで拳を握ったときには、
それを引っ張り出せない程度の大きさになっています。
ですから、手を放せばすぎに逃げられるのですが、一度つかんだ
ものを放そうとしない(執着している)彼らは、生け捕りにされて
しまうわけです。
この話をすると、皆さん、笑い話として受け取るようですが、
もしかしたら、私たち自身がチンパンジーやオランウータンと同じ
ことをしているのではないでしょうか。私たちは、とりたてて
とらわれているわけではないのに、何かをつかんで放そうとしない
ために、あたかもとらわれているように思えるのではないか、
ということです。
「こうでなければイヤだ」「どうしてもこうなってほしい」と思う
ことが執着です。その執着はみずからつかむことから始まって
います。その手を放すだけで、私たちは自由になれるのです。
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この中の「執着はみずからつかむことから始まっています」
ということが驚きと同時に、そうだなって思いました。
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| 幸せという名のジグソーパズル |
こんにちは上田です。
いつの日にか、必要なもの、大事なものに囲まれて生活できたらと
思います。
考えてみれば、私たちはこれも必要かもと思って、ついつい
多くのものを手に入れようとしてしまいます。
しかし、そうやって多くのものを手に入れて、たくさんのものに
囲まれて、それら一つ一つを大事にしているだろうか?と
考えたときに、全然、大事にできていないなあと反省させられ
ます。
いらないものを整理して、必要なものだけを残す、
そして、残ったものを大事にする。
そうやって、幸せという名のジグソーパズルは完成してゆくのだと
思います。
まだまだ、できていませんが・・・。まずは実践です。
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| 自然体で人を接する |
こんにちは上田です。
世の中、自然体で人と接することができたら、
ぐっと生きていくのが楽になると思います。
相手に気をつかって、気をつかって、ああしたらいいだろうか、
こうしたらいいだろうかと悩むことって、
結局、相手をだまして、自分をよく見せようとしているのでは
ないかなって思います。
自然体で接して、失敗したら心から謝る。
そうやって、失敗したところを反省して、
少しずつ自分自身が向上できたらいいかなって思うんです。
やっぱり失敗を通してしか人間学べないかなって感じます。
もっと積極的に前に出て学んでいきたいと思います。

南公園での一コマ
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