| 人生にとって本当に大事なもの |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
整理って大事なものですね。
整理とは必要なものと不要なものを分けて、不要なものを捨てる。
そして、今、使っているものと、いつか使うものを分けて、
いつか使うものを捨てることです。
簡単そうに思うけど、実際、やってみると難しいんですね。
特にいつか使うものを捨てるときには、「勿体無い」って心が
起きてきます。
これを仏教では執着と言います。そんなに執着するなら、日ごろから
大事にしておけばいいじゃないかって思うのですが、そんな執着する
ものほど、日ごろはコロッと忘れているんですね。
でも、いつか、いつかと思っている間に、また忘れて、
結局、死ぬまで使わないんです。
だから、えいっと、泣き泣き捨てるんです。
それが終わって、残ったもの。それが私の人生です。
人間、自分の持ち物を本当に整理した時、自分の人生にとって
本当に大事なものが見えるんじゃないかって思いました。
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| 毎日を感謝して生きる |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
人の人とのつながりの中で、とても大事なことは
相手を一人の人間として敬うことだと思います。
敬うことによって、相手の素晴らしい所にも気づき
感謝してゆくことができると思います。
私は毎日を感謝して生きてゆける人は幸せな人だと
思います。
それはただ単に感謝、感謝と喜んでいる人ではなく、
毎日、何か素晴らしいものに触れた発見、感動のある人の
ことです。
たぶん、そんな人は毎日の当たり前のようにしていることの
中から、素晴らしい宝を発見できる人ではないかと思います。
どんな人にも自分にはない素晴らしい所を持っているものです。
そこに気づき、学んで、その人に対して感謝できる人は
きっと幸せな人ではないかと思いました。
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| 自然体で接する |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
最近、思うことですが、幸せになる最短の道は自然体になることじゃ
ないかなって思います。
私たちは色々計らって、
こうしなくちゃいけないだろうか
ああしなくちゃいけないだろうか
と悩んでいますが、
そうやって悩めば悩むほど、物事って思いどおりにいかなくて
苦しむものなのかなって感じています。
苦しみがやってきたとき、これも私が幸せになるために
必要なものって受け止めることができたら
人生ってもっと幸せに生きてゆけるんじゃないかなって
思いました。
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| 綺麗な心になる |
こんにちは上田です。
読んで頂き、ありがとうございます。
心が綺麗になるってどういうことだろうか。
それは相手のいい所を素直に認めて敬うことができることだと思います。
世の中には自分よりも素晴らしい人がたくさんいます。
その方々に出会った時、その人達の素晴らしい所を素直に素晴らしいって認められる人はきっと心が綺麗な人じゃないかなって思います。
多分、綺麗な心の人から見たら、どんな人も大切なことを教えてくれる素晴らしい人に見えるのじゃないかなって思いますし。
綺麗な心になりたいですね。
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| 多くの人に支えてもらう |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
幸せって、一人で頑張っていても手に入らないものじゃないかなって
思います。
私たちは毎日当たり前のように生きていますが、
実際は多くの人に支えてもらえなければ1日として
生きてはゆけません。
その人たちに如何に感謝しているか。
その感謝が、1人で頑張っているうちは見えてこないように思います。
1人では生きられないんだと気づいたとき、
「自分を支えてくれている人たちがいる」
ってことに初めて感謝できるんじゃないかなって
思いました。
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| 人生に意味のないことはない |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
最近、感じていることですが、人生に意味のないことなんて
ないんじゃないかなって思います。
そりゃあ、生きていたら、色々と苦しいことはあります。
でも、その苦しみは自分のとって必要だから、自分にやって
きたんじゃないかなって思うようになりました。
私が幸せになるためには、この苦しみが必要なんだと思うと、
苦しみもまた、喜びに変わるのではないかなって思いました。
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| 自然に任せてみる |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今回も「100%幸せな1%の人々」から
心に残ったところを紹介します。
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宇宙には、「自我+おまかせ=100」という方程式があります。
自我というのは、好き嫌いのこと。
たとえば、自我が90のときは、おまかせが10ということになります。
年月をかけて、自我がゼロになると、おまかせが100になります。
そうすると人生がとてもおもしろくなるんです。
三次元的な話でいえば、自分の思いがあるから、思い通りにならないことが生まれるわけ
です。そして思いが強いほど、思いどおりにならないことが多くなって、苦しい。
それがいやならば、思いをもたないようにする。
これまでの学校教育というのは、「思いを持つこと」や、「足りないものをリストアップ
してそれを手に入れること」が幸せであると教えてきました。幸せというのは、
「強く思えば手に入る」というのです。
それは「西洋文明」の考え方でもありますが、たとえば、「今の30倍努力しなければ幸せ
は手に入らない。手に入らないかぎり不幸だ」という教育論で生きている人は、
やがて体が壊れてしまいます。そういう生き方がいやだと体が反応します。
体が「いやだ」という信号を出しているとしたら、その人にとって西洋文明の考え方は
合っていないということ。西洋文明の考え方が合わないのであれば、もう一つの考え方に
切り替えてみてはどうでしょうか。
つまり、「思いを持たないこと」
自分の人生が、努力のわりに報われないと思っている人がいたとします。
でも、「努力したのに報われない」という因果関係ではありません。
「努力したから報われない」のかもしれません。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 幸せになりたいと必死になっているから幸せになれないのかもしれません。
肩の力を抜いて任せてみたら、幸せはゆっくりと近づいてくるのではないでしょうか。
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| 人間関係を広げてゆく |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今読んでいる鮒谷周史さんの平成進化論の中で
印象に残ったところを紹介します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 【 個人や1つのプロジェクトでも、
プラットフォームを作り、アライアンスを広げていった者が
成功する時代は、すでにやってきています 】
というくだりがあります。
■そして個人レベルで成功されている方の例として、
小石雄一さんや勝間和代さんの例を出されています。
実際にわたしも、
「これは自分のなかでもはっきりと意識して」
【 自分のネットワークに、
各ジャンルのプロフェッショナルを加え、
未来のアライアンスに備えたプラットフォームを作る 】
という目標を明確にもって、これまで行動してきました。
アライアンスとかプラットフォームという言葉では ありませんが、同趣旨のことを考え、動いてきました。
■人と人とのつながりによって、想像以上の成果を上げる 経験は私も何度も味わいましたし、
ビジネス上のことだけではなく、個人の視野の幅を 広げる上でも、
大勢のプロフェッショナルから、各人の視点で捉えた世界観や 価値観を共有してもらえるというのは、なにものにも かえがたい醍醐味であったりします。
■私のつたない経験からでも
「一人」より「大勢」。
「自分だけ」ではなく「巻き込んで」。
この心がけで、ビジネスも大きくなり、世界も広がることは 断言することができるのです。
■そんなことを考え、
わたしは、これまで、まず「土台作り」に注力しようと おもって、ビジネスとか収益は二の次、三の次で、 会いたいと思った人との会食にかなりの時間を割きました。
ちなみに、これらの会食からすぐにビジネスに発展したことは ほとんどありません。
■しかし、それでいい
(あるいは、そうあってくれたほうがいい、とすら) とおもっているのです。
すぐにビジネスが始まる付き合いよりも、3年、5年、10年かけて ビジネスに発展していったほうが、信頼の醸成もできているし、 安心して一緒に仕事に取り組めます。
■また、
お互いが大きく成長したところで、はじめて結びつくことで 想定外の大きなビジネスを行うチャンスも増えてくる ことでしょう。
功を焦って、目先の利益を追い求め、ちまちま小さい ビジネスやってても仕方ないとおもっているのです。
■結果として、これまでの種まきが大きく芽を出しつつ あるのを私も個人的に実感しています。
平野さんが
【 個人や1つのプロジェクトでも、
プラットフォームを作り、アライアンスを広げていった者が
成功する時代は、すでにやってきています 】
といわれている通り、
やはり個人レベルでも「コミュニティ」や「つながり」を 作ることが本当に大切な時代になってきたんだな、
と感じております。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 目先の損得を考えず、人間関係のつながりを広げてゆくことが
幸せへとつながってゆくのだと感じました。
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| 愚痴の嵐 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
前回、楽を求める人生について書きましたが、やっぱり思うことですが、
楽を求める人生には不平不満、愚痴の嵐で苦しみの人生へと変わって
ゆくと思います。
なぜなら楽を求めて、それが得られると、それがあることが当たり前となって
今度はもっと強い要求が出てくる。そうやって、望みを叶えれば叶えるほど、
もっと、もっとと欲望はどんどん広がり、思いどおりにならないと
些細なことで腹を立てるようになってゆく。
だから、お金や権力を得て、なんでも思いどおりになる人ほど、人生が苦しいと
思います。
すべては当たり前になってゆく中、いかに目の前の当たり前の幸せに感謝できるか。
それがその人が幸せになってゆく道であると思いました。
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| 喜ばれるお金の使い方 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
100%幸せな1%の人々から、心に残ったところを
紹介します。
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ドラマで、お金持ちの家を演出するときと、貧乏な家を演出するのとでは、
その仕方が違うのだそうです。どういうふうに違うのかというと、お金持ち
の家はものを置かない。でも、貧乏な人の家はゴタゴタとものをたくさん置きます。
本当のお金持ちというのは、ものをたくさん買うというよりも、いつどのようにお金を
使うかを考えている人たちです。どのように使えば、まわりの人に喜ばれるかを
いつも考えている人たちです。
その結果として、まわりの人たちは、「その人にずっと富を蓄えてもらいたい」と
思うことになります。そこに、妬みや嫉妬は起きないでしょう。
お金を貯め込んでいかに自分がいい思いをするか、というのではなく、まわりの人
たちにいかに喜ばれる存在になるかをいつも考えて富を蓄えている人は、
お金が向こうから勝手にやってきます。
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まわりの人に喜ばれる使い方をしたいですね。
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| 心を外に向ける |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
ふと思ったことですが、幸せになれる人って、
いつも相手がどうしたら喜んでくれるだろうか、
どうしたら幸せになれるだろうかと考えている人だと思います。
人を幸せにしてあげられる人は必ず自分も幸せになる。
そういう信念で生きている人じゃないかなって思いました。
私は長年、目が自分に向いていたように感じます。
いつも自分のことしか考えない。自分にしか興味がない。
そんな人生を送ってきたように感じます。
でも、それは決して幸せにはなれないんだなって最近思うように
なりました。
大きな人生の方向転換が必要ですが、やってみたいと思いました。
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| 2つの道 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
人生には大きく2つの道があるように感じます。
一つは楽を求めてゆく道。
そして、もう一つは幸せを求めてゆく道。
多くの人は楽になることが幸せになることと勘違いしているように
思います。
楽を求めている人は、最後は孤独になってゆく。
だって、楽になるということは、人から必要とされない人になる
ことだから。
でも、そのことに気づくのは、人生の終末に近づいてから
なんですね。
じゃあ、もう一つの幸せになる道は…。
それは純粋に幸せを求めて、何度も失敗を繰り返して
見えてくるものだと思います。
幸せは楽になることじゃないんですね。
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| 子どもがほめられません |
こんにちは上田です。
先日、ある人で紹介されたもので、本当にそうだなって 感じたものがありましたので紹介します。
これは一万年堂出版のメルマガです。
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<55>子どもを、どうしてもほめることができないお母さんへ
明橋 大二
何回か前に、「子どものほめ方、認め方」ということで、コラムを書きまし たが、その後、ある読者の方から、「それでも、どうしても子どもをほめるこ とができない、そんな自分はどうしたらいいでしょうか」という質問が寄せら れました。こういう悩みは、決して少なくありません。今回は、それにお答え する形で、コラムを書きたいと思います。
「子どもをほめなきゃと思うが、どうしてもほめることができない」「どうし ても子どもを大目に見ることができない」「子どもを許すことができない」。 こういう悩みは、決して少なくありません。いろいろと、ほめ方を習っても、 やっぱりほめることができない、と言われます。
実は、こういう親御さんは、まず100パーセント、親御さん自身が、周りか ら、ちゃんとほめてもらっていない人です。認めてもらっていない人です。 人からもらっていないものを、人にあげることはできません。だから、自分 も、なかなかほめることができないのです。
想像してみてください。あなたは2人きょうだいのお姉ちゃんです。3つ離 れた弟がいます。お姉ちゃんは、ことあるごとに、お母さんから叱られていま す。「どうしてあなたはできないの」「もっとしっかりしなさい」「お姉ちゃ んでしょ」
ところが、弟の方は、お姉ちゃんより、ずっとちゃんとやっていないのに、 「あんたはがんばってる」「よくできたね」「すごいじゃない」とほめられて いる。
そして、お母さんは言うのです。「お姉ちゃんも、弟のこと、ちゃんとほめ てあげてね」
こういう時、お姉ちゃんは、弟のことを、ほめることができるでしょうか。
絶対にできないはずです。むしろ、お母さんの前では黙っていても、お母さ んのいないところで、「あんたは、なんてダメな子なんだ」「あんたなんて、 何にもできてないじゃないか」と責め続けるに違いありません。
実は、親子の間でも、こういう心理が働いていることがあるのです。この背 景にあるのは、お察しの通り、「やきもち」です。 きょうだいなら、やきもちをやく、ということはあるかもしれないが、親子 の間でも、そういうことがあるのか、と思われる人もあるかもしれません。し かし、私達は、理性では分かっていても、心の底にある感情は、実は子どもと そう変わらない、ということがあるのです。
自分が、こんなにつらい中、がんばっていても、誰もほめてくれない、誰も 認めてくれないのに、どうして、あんただけ、この程度でほめてもらえるの? 甘えてんじゃないわよ。ぜいたくだ! そういう気持ちが、心のどこかで動 いているとしたら、子どもをほめることができないのも、無理はありません。
では、そういう時には、どうしたらいいでしょう。
さっきの例で言うと、お姉ちゃんが、弟をほめることができるようになるに は、どうすればよいでしょう? お姉ちゃんを叱って、「ちゃんと弟をほめな さい。どうしてほめられないの。お姉ちゃんでしょ」と言うことでしょうか。 それでは、まったく逆効果です。
ではどうするか。それは、まず、お母さんが、お姉ちゃんをしっかりほめる ことです。 「今まで叱ってばっかりいて悪かったね。お姉ちゃんだってがんばっているの に、今までちっともほめてなかったね。考えてみたら、お姉ちゃんは、弟以上 によくやっていた。立派だったね。これからは、お姉ちゃんのことも、一杯ほ めていくからね」そういう風に、しっかりほめられていったら、お姉ちゃん は、言われなくても、「いや、自分よりも、弟の方ががんばっているよ。こな いだだって……」と、自然とほめられるようになるはずです。
育児に悩むお母さん、子どもをほめようと思ってもほめられない、親御さん に、私達はどういう言葉をかけているでしょうか。 「どうしてそんなに叱ってばかりいるの?」「もっとほめなきゃだめでしょ う」「あなた、お母さんでしょう」
子育て支援と言いながら、当たり前のように親にかけられる、こういう言葉 が、いかに逆効果か、いかにマイナスか、少しでも多くの人に知ってもらいた いと思うのです。
そして、「お母さん、がんばってるね」「こんな環境で、ここまで育ててき ただけでも、すごいよ。よくやってきたね」「お父さん、立派だよ」。こうい う言葉が、夫婦の間でも、祖父母からも、誰からも、当たり前のように、かけ られる、そういう世の中になってほしいと心から思います。 そうしてはじめて、子どもたちも、本当の自信と勇気をもって、成長してい くことができるのではないかと思います。
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自分がしてもらっていないことは相手にもできないんですね。
責めない、責められない環境ができたらいいですね。
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| 人を敬う |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
今まで何が本当に正しいことなのだろうかと考え、悩んできました。
やっぱりハッキリとは分かりませんが、今までの人生の中で、
「相手を1人の人間として敬う気持ち」
これって、私たちにとってとても大事なところだじゃないかなって
思います。
私は今まで、人のいいところがなかなか認めることができませんで
した。
でも、人って欠点もありますが、いいところも一杯あります。
それは自分にはないものであり、その一つ一つがその人の個性と
なっているものじゃないかなって思います。
それを本当に素晴らしいものなんだなって敬うこと。
それが出来る人って、とても素晴らしい人じゃないかなって思いま
す。
人を敬うことが出来る人はきっと幸せになれる人じゃないかなって
思いました。
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| 自分の意思で選択する |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
人生は絶えず選択の繰り返しだと思います。
その選択1つ1つに対して、大事なことは自分の意思で決める
ことじゃないかなって思います。
自分の人生なのに、人からこのように言われたから、
上司がこのように言ったから、親がこのように勧めたからと
自分の意思に反して、選択をしてしまったら、結局、失敗したとき
どうしても他人のせいにしてしまう。
もちろん、人の意見を聞くことは大事なことだと思う。
でも、最終的に、それを決めたのは自分の意思じゃなければ
ならないなって思います。
自分で決めたなら、どんな結果になっても納得できます。
やっぱり、自分の生きる道は自分で選択して進んでいきたいですね。
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| 人間関係1年生 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
自分のことを振り返って思うことですが、私は心が閉じているなあ
と感じます。
だから、人間関係がなかなか深まらないと思います。
人と会ったとき、相手に対して、すぐに否定されているのでは
と感じてしまいます。
そして、相手の心と接して否定されるならば、
始めから触れない方がいいって、一歩踏み込むことを
躊躇してしまいます。
でも、考えてみると、勇気を持って、相手の心に触れてみなければ
人間関係が深まることってないですよね。
失敗を怖れずに人間関係一年生になって人と会ってゆきたいです。
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| 幸せになる鍵 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
最近思うことですが、幸せになる鍵は、実は私たちの目の前にある
ように感じます。
でも、私たちはそのことに気づかずに、いや、分かっていても、
そこから目をそらして、どこかに幸せがあるのではないかと思って、
目を外に向け、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしています。
でも、どんなに探しても、そこには幸せはないんですね。
やっぱり、いつのまにか、スタートラインに戻ってしまう。
実は、幸せはここにはないと思って飛び出したスタートラインに
こそ、幸せになる鍵があると思います。
一見、苦しみしかないような目の前の人を幸せにしてあげることに
よって、自分も幸せになれるんじゃないかなって思いました。
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| 嫌な感情 |
こんにちは上田です。
読んで下さりありがとうございます。
先日、お世話になっている方のところにある講師の方が訪問されたことを聞きました。
そのとき、嫌な感情が起きました。
それは、また自分に対して非難をしてくるのではないかと思ったこと、そして、大事な人間関係を壊しに来たのではないかと思ったからです。
でも、よくよく考えたら、それって執着だなって思いました。
嫌な感情って、なるべく起こしたくない。
嫌な感情を起こすと何か自分が責められているような感じがして、相手の欠点を指摘したくなる。
あそこは、間違っているとか・・。
そうやって無意識のうちに自分を正当化しようとしています。
私はそうやっている自分って、子供だなーって思ってしまいます。
だって、そうやって相手の間違いを指摘しても自分が正しいことにはならないからです。
でも無意識のうちに自分を守ろうと自己弁護をしてしまう。
こういうところが直ったらなあと思います。
ホントすべてのことに穏やかでおれたら、いいなあって思いました。
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| 自己犠牲の心 |
こんにちは上田です。
読んでくださり有難うございます。
先日読んだ本で心に残った言葉があったので
紹介します。
これは「ザ・シークレット ロンダ・バーン著」
の中の言葉です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 多くの人々は他人のために自分を犠牲にします。
自分を犠牲にする人はいい人だと思っているからです。
しかし、それは間違いです。自己犠牲とは、絶対的な不足と
いう考えに由来しています。この世には全員のためにものが
十分にあるわけではないので、自分は我慢します。という考え
から出ているからです。そのときの感情は決して良い気持ちでは
ないので、いずれ怒りに変わります。実は、豊かさは全員に
準備されているのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自分を犠牲にして相手を幸せにしても、本当の意味では相手は
喜べないと思います。やっぱりお互いが喜べる道を選ぶことが
本当に幸せになれる方法かなって思いました。
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