幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
アカを除かん

アカを除かんとは、アカとはトイレやお風呂などみんなが使っている所に溜まる。そして、みんな使っていながら、汚れていても、自分が汚した訳じゃないと思って、掃除をしないと溜まるものがアカです。このアカを取り除くことをアカを除かんと言います。つまり、自分が汚した訳じゃないものを掃除をして綺麗にすることをアカを除かんと言います。このように掃除をしてゆくと、“これは自分が汚した訳じゃないのに、どうして私が綺麗にしなければならないのだろうか”という不満の心が起きてきます。もちろん、そんな心を起こさずに気持ち良く出来たらいいですが、アカを除かんと思って掃除をしてゆくと、“他人はやらないのに、どうして自分ばっかりやらなければならないのだろうか”という不満が起きてくるものです。この不満を仏教では煩悩のアカと呼び、煩悩のアカが溜まると、何をやっても不満ばかりでどんなに幸せな環境にいても、どんなにまわりの人が自分の為に動いてくれても、その幸せを喜ぶ所か、見えるもの見えるもの、思い通りにならないものばかり、そんな中で、いつも自分ばっかり動いているような感じがして苦しまなければならなくなるのです。これも心の穢れ。この穢れは他人の為に動くことよりも、自分の欲の為に動いていると強くなります。そして、知らず知らずのうちに自分の心の中に溜まってゆき、見えるものを不満と愚痴に変えてゆく。これが煩悩のアカです。この煩悩のアカが溜まるとどんな幸せも喜べなくなるだけでなく、苦しみへと変わる。だから、取り除かなければならないのです。では、どうしたら煩悩のアカを取り除くことができるか。その為には、まず自分が穢れていることに気づかなければならない。その為に行うことが他人が汚したものを掃除をすることです。そうやって他人が汚したものを掃除をしようとすると、自分の中に吹き上がってくる心。それが“なんで自分が他人の分まで片付けなければならないのだろう”という心です。これが煩悩のアカ。この煩悩のアカを取り除きたいと思って、実際に目の前にある他人のものを掃除してあげるのが、アカを除かんです。これは“なんで他人の為に片付けなければならないのだろう”という心を我慢してやるものが煩悩のアカを除くことではありません。どんなに我慢してやっても、穢れが取れて浄らかになることはないからです。あくまでも、“なんで他人の為にやらなくてはならないのだろう”という気持ちに気づき、この心を取り除きたいと思って嫌々じゃなくて、前向きにやってゆくものがアカを除かんです。私たちは放っておくと、自分の欲の為にどこどこまでも流れ、心が穢れてしまうもの。だから、放っておいたならば、心は穢れに覆い尽くされ、不満や愚痴しか起きてこなくなる。だからこそ、心がけて他人の為に動いてゆき、心の穢れを取り除いてゆかなければ、心を健全に保つことはできないのです。


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