幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
できないからこそ、仏様を念じる

仏教を知れば知るほど、自分ができるかできないかではなく、これが正しいことなんだなとか、これが間違ったことなんだなと思えるようになる。

だから、どんなに頭では正しいことだと分かっていても、それができないことも知らされる。

つまり、自分の都合によって善悪を変えないのが仏教。この基準とは仏様ならばどうするだろうかということ。

ここで善をやろうとしても、善ができない時ほど、仏様ならば、どうされるかを念じる。

例えば、些細なことで怒りを起こし責めてしまった時、仏様ならば、怒りを起こすことなく、優しく接することができたのだろうなと思う。そうすることで、仏様って素晴らしいお方なんだなと尊敬の念が起きる。

私たちは仏と言っても想像することができない。できないからこそ、自分が善ができなかった時、悪をしてしまった時、自分にはできないことができる方が仏様なんだと思って、仏を想像することができる。

そして、こんな時、こんな行動がとれるのが仏様なんだと思うと、できなかった自分に対して、私は人間だからできなくても仕方ないと、できなかった自分を許すことができる。

私たちはいつも比べるのが人間だから、できなかった時に自分はダメなんだと思って自分を責めてしまう。

でも、仏様を念じる人は、自分を責めることがない。だって、仏様と比べたならば、てきなくて当たり前だから。だから、気持ち良く下になることができる。

人と比べるから上下が問題になる。仏様と比べたならば、気持ち良く下になることができる。

仏様を念じる人はいつも穏やかな心でいることができるのですね。


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