幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
悪見

悪見とは何か?

悪見とは、人間には良い所もあれば、悪い所もあるのに、その良い所を見ようとはせずに、悪い所、悪い所ばかりを見ようとすることです。

では、なぜ悪い所ばかり見てしまうのか?

それは相手の悪い所を見ることで、その人を責めたいからです。そして、責めることで、相手の存在を否定したいのです。私たちは誰しも自分なりの正義を持っている。そして、その正義に従って、悪いことをしないように心がけている。たとえ自分でやりたいことがあったとしても、自分の正義に照らし合わせて、悪ならば、やってはならないと自分の感情を抑えるし、正しいことは、たとえ自分が嫌でもやろうとする。そうやって、自分も正義に従って行動するすることで、自分の感情を我慢させてきた分だけ、自分の正義に従わない人が許せなくなり、自分も我慢してきたのだから、お前も我慢しろと言わんばかりに、相手も自分の正義に従わせようとする。だから、自分の正義に反することをしている人がいたならば、その相手に対して、こんなことをしては駄目じゃないかと言って責めて、自分の正義に従って正そうとする。そうやって、相手を責めて、みんな自分の正義に従って行動している間は何とも思わないが、自分のまわりで自分の正義に従わないものが一人でもいたら、その人を責めずにはおれなくなるし、その責めた相手が大人しく自分の正義に従えばいいが、反発して、自分の正義に従わない時や、自分に力がなく、正義に反することをしていても、責めることができない時に、その相手の存在を目の上のたんこぶのように感じて悪く見てしまうのです。

そうなると、その人の言動がいちいち気になる。ちょっとした相手の言動も、こんな悪いことをしているとか、非常識なことをしていると見て、その人の存在を否定しようとします。

では、なぜ否定してしまうのか?

それはその人の存在を認めてしまったならば、自分の信じている正義を否定されているように感じるからです。

私たちは自分の信じる正義に従って、悪を責めたり、馬鹿にしたり、無視したりしてきた。それは自分は正しいからしてきたことであり、自分の信じている正義がもし間違っているとしたならば、自分が悪だと決めつけたものに対してやってきたことが報いとなって自分に跳ね返ってくる。それは自分の中の正義を強く信じて悪を否定すれば、するほど、それが跳ね返ってきた時に激しく自分が否定されているように感じて苦しむ。だから、自分の中で、僅かでも正義が間違っているなんて、思えないのです。だから、自分の信じる正義を常識だと言ってまわりの人に強制する。

ところが、自分のまわりで、自分の信じている正義に従わないものがいたならば、まるでその人の存在そのものが、正義は間違っていると言われているような気がして許せない。だから、その人の存在を否定する為に、その人の悪い所、悪い所ばかり見て、その人は悪い人だから、正義に従わないのだと思って、安心しようとするのです。これが悪見です。


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