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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
信心を頂く
阿弥陀仏に救われたら、何をしなくても死んだら極楽に往けると思っている人がいるが、それは信心について何も分かっていない。信心とは、仏になりたいという菩提心のこと。仏になりたいとは、今まで愛情をもらいたい一杯であった自分が愛情を与えたい。愛情を与えることで、自分のまわりの人を心から安らかな気持ちにさせたいたいう心。そういう心を頂いた自分が何もしなくていいと思うはずがない。
当然、信心を頂いたならば、自分のまわりの人を幸せにする為に愛情を与えてゆくようになる。今まで私は自分の思い通りにする為に平気で相手を傷つけてきた。そんな私が少しでも相手を傷つけないように、自分と一緒にいることで、心から安らかな思いになってもらえるように努力してゆく。そうすると、当然、相手は安心して私のことを馬鹿にするようになる。軽く見るようになる。今まで私のことを気を遣ってくれていたのに、気を遣ってくれなくなる。思い通りにならないことがあると、平気で責めてくるようになる。それを静かに受け止めなければならない。当然、責められたら嫌だし、馬鹿にされたら腹が立つ。だから、信心を頂くと信心を頂く前よりも怒りの心が起きるようになる。もうこんなに馬鹿にされるならば、この人と付き合いたくないという気持ちにもなる。でも、信心を頂いた人は信心があるから、もう嫌だと思いながらも、でも、この人が幸せになる所まで続けてゆかなければと、切りたくなる気持ちが起きてくるほど、より強く菩提心が起きる。だから、この道を進んでゆける。欲と怒りが逆巻く二河白道を進んでゆくのが、信心を頂いてからの道。相手に安らかな思いになってもらえるように、無限に努力してゆく。やがて、馬鹿にされても腹が立たなくなる。そして、自分のことを見て欲しいと思う自己愛の心がなくなり、自己愛しかなかった迷いの魂が死んだとき、浄土に往生する。往生とは、愛情を与えてゆく身になること。愛情をもらいたい一杯だった私が、愛情を与えたい一杯になる。それが魂の臨終であり、一念で生まれ変わるということ。この時、弥勒菩薩と同じ菩薩がこの世に誕生するのです。
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