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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
諦めていい程の軽い命ではない
自分は穏やかで平和な状態で暮らしたいのに、まわりの人が感情を乱すと、平和でいたいのに、平和でいることができない。

その時、心では、また問題が起きたと思って、嫌だなと思う気持ちがあるが、これって自分のことしか考えてないからこんな気持ちになるのだと思います。

幸せな毎日は当たり前ではない。自分はどんなに穏やかな毎日を送りたいと思っても、現実はちょっとしたことで、崩れる。

しかも多くの場合、自分が発端ではないことが多い。この時、私たちは相手に反省を促して、相手に変わってもらおうとするが、相手だって、何が正しいことぐらい分かっている。

分かっているけど、感情がどうにもならないから、嫌な心が吹き上がってくるのだ。

だから、そんな相手の感情を認めたら、思い通りにならない相手を変えようとするのではなく、自分が幸せな環境になる為に努力を続けてゆく。

仏様は幸せな浄土を作るために努力を惜しまない。それは自分の人生がどれだけ価値のあるものか知っているからだ。

自分の人生は価値があるからこそ、自分が生きる世界を幸せな世界にしたいと思って、どれだけでも努力を続けてゆく。

そこで思い通りにならないことが起きても、積み上げてきたものが崩れたとしても、一からやり直すことになったとしても、それは自分の生きる世界だから、やり直し、努力を続けてゆく。

頑張っても、頑張っても上手く行かなくても、思い通りの結果にならなかったとしても、そこで諦めてしまったしまってもいい程、自分の命は軽いものではない。

自分にとって自分の命はたった一つよ命。それを大切にして生きても、投げやりにして生きても、その結果は自分がうけていかなければならない。

仏は自分の活きている世界を幸せな浄土へと変えてゆく。それは自分だけでなく、まわりの人たちにとっても幸せなことであり、その中で暮らす自分が一番幸せを感じるからだ。

しかし、その幸せを積み上げてゆくことは簡単なことではない。頑張っても頑張っても、くずれてしまうかも知れない。

でも、崩れてしまったここからやり直してゆくしかない。幸せは努力の結晶。

ちょっと思い通りにならないことがあっても、投げ出さず、自分の人生を幸せにしてゆく為にとこどこまでも、タネを蒔き続ける。

この信念が揺るぎない方が仏であり、菩薩方なんだと思いました。
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