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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
仏教は施しの教え
改めて知らされたことだが、仏教とは施しの教えなんだと分かりました。いつもまわりの人に対して、自分ができることはないかと考え、人が幸せになるように、自ら動いてゆく。なぜ動くのかと言えば、一番は人間というのは、時間ができると欲に流れることしかしないから、大切な時間を欲という無駄なことにしか使わない。だから、時間ができたら、自分の欲に流れる前に、まわりの人の為に自分ができることはないかを考えてゆく。そうやって、他人の幸せの為に動いてゆくと、一番は自分の心が穢れることなく、清らかな状態を保つことができる。

とかく欲に流れると、いつの間にか心が穢れてゆき、まわりの人の言動が気になるようになる。そして、自分だけ動いて、まわりの人が怠けていると、それを責める心まで起きてくる。私たちは他人に動いてもらいたいと思うと、苦しくなる。他人に期待するのではなく、自分が動く。もっといいのが自分から他人の幸せの為に動くこと。

いつも他人が幸せになる為に動いている人は心が明るい。毎日を楽しそうに生きている。それはこの世界を自分の望めように変えてゆこうと思っているから。苦しんでいる人ほど、世界はどうにもならないと諦めている。自分も変わらないし、世界も変わらないと思っている。そして、いつもまわりで思い通りにならないことが起きる度毎に腹を立て、他人を責めることしかしない。

仏教は世界を自分の手によってメイキングしてゆく。自分の身の回りで何か問題が起きた時は、他人が動いてくれないかと期待するのではなく、自分から動いてゆく。自分が動けば、動いた分だけ、世界が変わる。みんなが幸せに暮らせる世界にする為に、自分ができることは進んでやってゆく。動けば、世界は自分の手によって時間はかかるけど変えてゆくことができると分かる。幸せな人は世界を自分の手によって変えてゆけると信じている人でもある。その為にすること、自分の望む世界へと変えてゆく為に自分ができること。それが施し。

幸せな人の心にはいつもこうなったらいいなという思いがある。そして、その為に動いてゆく。だから、心が明るい。この明るさは自分の望む世界へと少しずつだが、近づいていくから。心が暗い人は、自分ではこの世界をどうすることもできないと諦めている。世界は自分の望む世界へと変えてゆける。

それは毎日のちょっとした努力によって成し遂げることができる。それはこうなったらいいなと思って、自分から動いてゆくこと。それが仏教の施し。幸せは、この施しによって生み出される。それは今どんなに現実が悲惨でも、ここから始めて、素晴らしい世界にしてゆくんだという願いがある。この願いを持つ人がどんな環境でも幸せな人であり、幸せな環境に変えてゆくことができる人でもある。
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