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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
本師源信ねんごろに
本師源信ねんごろに 一代仏教のそのなかに 念仏一門ひらきてぞ 濁世末代おしへける

私の先生である源信和尚は、お釈迦様一代の教えられた仏教の真髄こそ、念仏であると開き、煩悩に濁ったこの末法の世の中で教えを説かれた。

お釈迦様の一代の教えは念仏へと導く為のものであった。しかし、ここで念仏と言っても、ただ口で南無阿弥陀仏と唱える念仏ではない。念仏とは心で仏を念ずること。仏を念ずるとは、自分の中に仏という太陽を持つこと。太陽を持つとは、太陽が自分を照らすように、自分自身を仏様ならどうするだろうかという物差しで照らし出すこと。

私たちは自分の都合で正しいという尺度がコロコロ変わる。往々にして、他人の悪に対しては厳しく、自分が同じことをしても、色々な言い訳をして、自分は正しい所に置いている。そして、間違ったものを無慈悲に責める。まるでそんな悪をするものはここにいてはならないように否定している。

否定するから否定されるように感じる。だから、自分は否定されないように、言い訳をして、いつも自分は正しい所に置いてしまう。それが念仏をするとは、いつも仏様を基準に考えるようになる。そうすると、自分は仏様と比べたならば、あまりにもお粗末で悪しか思わないものだと知らされる。しかし、その悪が知らされたとしても、その悪を責めない。ありのままの自分をそのまま受け止める。否定することもダメだと思うこともなく、悪を悪だと受け止める。これが念仏。

ああ、自分は仏様と比べたら、悪しかできないものだなあ。だから、どんな相手であっても、否定できる人はいない。みんな同じ人間なんだと認める。それが念仏。念仏ができれば、いつも謙虚に穏やかに生きてゆくことができる。

この念仏へと導く為の教えがお釈迦様の一代の教え。それを開かれたのが源信和尚であったのです。
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