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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
生きることを飛行機にたとえたならば
生きることを飛行機が飛ぶことに譬えたら、生きる目的を知らずに生きることは、安心して着陸できる目的地を知らずに飛んでいるようなものです。

このような飛行機はやがて燃料が切れて落ちてゆきます。

では、ここで落ちるとは何を譬えているのでしょうか?

落ちるとは、生きることでいうならば、死ぬことだと思っている人がいますが、そうではありません。飛行機が落ちるとは、今まで上へと上がる為に手に入れてきたものを失うということです。私たちは価値のある人間だと認めてもらう為に様々なものを求めています。

学校に入ったら、成績を上げて上位になりたいというのも、飛行機なら上へと上昇してゆくようなものです。いつも上下を問題にして、少しでも上に行くことが幸せだと思って頑張っています。やがてとこかの会社に入って、一生懸命頑張るのも上を目指すため。そして、自分の実力に合わせて、十分上に行ったら、今度はそこから落ちないように飛び続けていきます。

しかし、どんなに落ちないように飛び続けていても、老いと病と死がその願いをぶち壊します。つまり、飛び立った飛行機はやがて下りてゆかなけれぱならなくなるのです。つまり、下りるとは、今まで手に入れてきた価値を失うこと。失うと価値のある人間から価値のない人間になってしまいます。

だから、老いを感じると人は落ちないように、様々なものに執着して自分には価値のあることを証明しようとします。例えば、ある宗教の教祖は、晩年になって、でっかい会館を建てたり、人々が集まるように里を作って、色々な建物を建てたり、各地に会館を建てたりしました。それもこれも人生の飛行機が降りてゆくのを感じて、少しでも落ちないように、飛行機を上げよう上げようとする努力なんだと思います。

でも、どんなに何かに執着して、飛行機が落ちないように必死に頑張ったとしても人生という飛行機は降りてゆく、つまり、手に入れた価値を失い、価値のない自分へとなってしまうのです。

だから、人生の目的とは、誰も真似ができないような価値をのあることをすることではなくて、手に入れた価値をすべて失って価値のない自分になったとしても、その自分のことを否定せず肯定できるようになることなのです。

それこそ、安心して降りられる空港を持つことなのです。しかし、私たちは価値にとらわれるあまり、価値を失った自分はダメな人間なんだと自分で自分の存在を否定します。これが飛行機でいったならば墜落するということなのです。この価値を失った自分を否定するのは他人ではありません、自分自身なのです。だから、本当は価値のあるものを求めることに人生をかけるのではなく、価値のない自分であっても肯定できるように、何も持たない自分でもって否定しないように努力してゆかなければならなかったのに、飛行機が落ちることなんてないんだと思い、上へ上へと求め続けた結果、落ちてゆく自分を受け入れられず、苦しむことになったのです。

人生の目的は落ちたとしても、安心できる空港を持つこと。それを人生をかけて求めてゆかなければならないのです。
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