幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
いつも他人を幸せにするように考える人になりたい
人と接するとき、大事なこと。それは目の前の人に喜んでもらいたいという心を持つこと。私はいつもこの心がけがなく、何となく人と接していた。でも、他人を喜ばせる心のない人って、人生をつまらなくしていると思う。
人は一緒にいる人を喜ばせた時、自分も喜ぶことができる。だから、人を喜ばせようとする心のない人は、せっかくの時間をつまらない時間にしていることになってしまう。
だから、心がけて人を喜ばせるようになりたい。その為には日頃から、他人のことを考えて、どうしたら他人が喜んでくれるか考えなければならないと思う。
いつも何を考えているか。それがその人を決める。幸せな人ほど、いつも他人のことを考えている。
どうしたらまわりの人が幸せになれるか。どうしたら喜んでくれるか。いつも考えている。そんな人に私もなりたいなと思いました。
嫌われたくないと思うのはなぜ?
よく嫌な顔をされるぐらいなら、自分でやるという人がいる。みんな他人から嫌われたくないと思って、嫌われないように気を遣う。
でも、この嫌われたくないという心はどこから起きるのだろうか?
誰だって他人から嫌われたくないと思っているが、この心が強い人もいれば、弱い人もいる。なぜ強くなるのかと言えば、内心では、自分のことを他人から嫌われる存在だと思っているから。青色の眼鏡で世界を見ると、世界は青色に見えるように、他人から嫌われているのではないかという色眼鏡で世界を見たら、相手のちょっとした言動も自分のことが嫌いだから、やったのではないかと思って、嫌われないように気を遣うようになる。
でも、どんなに嫌われないように気を遣った所で、自分は嫌われているのではないかという色眼鏡で世界を見ているので意味がない。だから、嫌われないように気を遣うよりも、自分は嫌われるのではないかという色眼鏡を外した方が、ずっと心は楽になる。
では、どうしたらこの色眼鏡を外すことができるだろうか。
嫌われるという色眼鏡は、感情的に嫌いな人がいるから、それが鏡のように跳ね返って、嫌われるのではないかという不安が生み出される。
だから、自分が嫌いな人がいなくなれば、嫌われるのではないかという不安も消える。
でも、どんなに嫌いな人をなくせと言われても、感情の問題だから、なかなか難しい。
では、なぜ嫌いという感情が起きるのか?嫌いという感情は、何か嫌なことがあった時に相手に対して嫌だということが言えずに我慢するから、嫌いになる。この人には何も言えないと自分の感情を押さえつけて我慢させると、感情は無力感を感じる。この無力感を受けた相手に対して私たちは嫌いという感情が起きる。
だから、嫌いという感情を無くす為には、嫌なことがあった時は我慢せずに、自分の気持ちを分かってくれる人にこんなことがあって嫌だったと愚痴を吐いたらいい。愚痴を吐けば、心がスッキリして、嫌いな人もいてもいいかなと思えるようになる。
よく我慢することは美徳と言われるが、仏教的に言ったら、我慢せずに愚痴を吐けばいい。でも、その時に大事なことは、相手を選ぶこと。愚痴は誰にでも吐けばいいというものではない。自分の気持ちを受け止めてくれる人に吐かなければ意味がない。
だから、愚痴を吐ける人には嫌いな人はいない。嫌だなと思うことはあっても、まっいいかと流せる。
愚痴を吐いて嫌いな人を無くせば、嫌われないように必要以上に心配になることもなくなる。
この世をもっと生きやすく生きてゆけるようになるのです。
すぐにメモする
どんなに過ぎて欲しくないと思っても、過ぎてゆくのが時間であり、どんなに過ぎて欲しいと思っても、なかなか過ぎてゆかないものも時間である。
時間をどう過ごすか。それが自分が幸せになれるか。幸せになれないかを決める。
時は無情に過ぎてゆくからこそ、時間は大事にしなければならないと思う。
では、時間を大事にするとはどういうことか?
それは思いついたこと。感じたことがあったら、メモして、自分を反省し、昨日よりも良い明日を迎えることだと思います。気付いたことをすぐにメモする。そういう習慣を身につけてゆきたいです。
一人の時に一生懸命生きる
私は一人の時は寂しくて人にくっついてゆくのに、いざ人から必要にされて声をかけられた時は、面倒臭くなって、早く終わらないかなと思ってしまう。結局、私はいつも一人の人間なんだなということをつくづく感じます。だから、これからはなるべく人と一緒に時間を過ごすように心がけてゆきたい。人と一緒にいることが当たり前の人間になりたい。結局、人が必要としている時ほど、一人になりたいと思うのは、一人の時に、一人の時にしかできないことをやらずに欲に流れているから。日頃、時間を無駄に使っている人ほど、人が自分のことを必要とした時には勿体ないと思ってしまう。だから、これからは一人の時には、無駄に時間を過ごすことはせず、時間を大切に過ごしてゆく。その為にも、日頃から何をするかということをメモしておく。そして、一人の時に一生懸命時間を使う。そして、人が必要としてくれた時には、喜んで付き合う。それは一人の時に一生懸命時間を過ごした人でなければできないことだから、時間を無駄に過ごすことはせず、今の時間にしがみついて、時を過ごしてゆきたいと思いました。
お金はどう貯めるかよりも、どう使うが大事
お金はどう貯めるかよりも如何に使うかが大事だと思います。多くの人はお金は少しでも貯まった方がいいと思いますが、お金を貯めても、それだけでは幸せを味わうことはできません。その貯まったお金を使う時にそのお金が生きるか、それとも死ぬかが決まる。どんなにお金を必死になって貯めたとしても、死んだお金の使い方をしたら、そのお金を貯めてきたことは、意味が無くなりますし、生きたお金の使い方をしたら、そのお金を貯めてきたことも、すべては意味があったということになります。だから、どうお金を貯めるかということよりも、お金をどう使うか。もっと言うならば、そのお金を使うことによって、幸せを生み出しているかどうか。それがお金にとって大事なことではないかと思うのです。
では、幸せなお金の使い方とは何か?それはまず自分自身が楽しむことだと思います。そして、自分が楽しんだことを、相手にも経験してもらい、一緒に楽しむこと。それが人生の中で一番楽しいことではないかと思います。つまり、自分が楽しむこと。そして、一緒になって楽しむこと。お金や時間を使ってゆくことは、人生明るく楽しくさせます。私もまずは自分自身が人生を楽しむように、楽しいことを考えて生きてゆきたいなと思いました。


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