幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
お片づけのポイント
こんにちは上田です。

読んでくださり有難うございます。

ある人から教えてもらった内容で心に残ったところが

あるので紹介します。

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<56>「お片づけ」のポイント
      〜やってみせ、言って聞かせて、させてみて〜

                           明橋 大二


 しつけの中でも、お片づけをどうやって習慣づけるかは、どんな親御さんも
悩んでいることだと思います。中には、お父さんまで片づけない、そんな中
で、散らかり放題の我が家に、爆発寸前のお母さんも少なくないと思います。

 それほど、なかなか難しいことだし、時間のかかることなのですが、今日
は、そのお片づけについて、基本的なことをまとめておきたいと思います。


 まず、小学校低学年までの子どもは、片づけの必要性も分からないし、片づ
いて気持ちがいい、という気持ちも育っていません。ですから、そういう子ど
もに、ただ片づけなさいとどなっていても、あまり効果はないのです。片づけ
ると気持ちいい、という感覚を育てながら、少しずつ習慣づけていくことが大
切です。

 まず、大切なのは、環境を整えること。
 今の家は、往々にしておもちゃが多すぎます。でも子どもは、おもちゃ箱を
いちいち全部ひっくり返して出さないと気がすみません。ですから、子どもと
相談して、よく使うおもちゃをおもちゃ箱に入れて、あまり使わないおもちゃ
は、段ボールなどに入れて、押し入れの奥にしまいます。そこでおもちゃの数
をまず減らすことが大切です(と言っても、遊びにはある程度の豊かさも必要
なので、片づけを意識するあまり、制限しすぎるのも考えものですが)。

 次に、子どもが片づけやすいおもちゃ箱や戸棚を用意すること。あまり細か
いと難しくなるので、おおまかに分別できる程度で構いません。
 そして、おもちゃを広げる場所を決める。自分の部屋なら部屋。それ以外に
は広げないように約束する。
 そして、お片づけの時間を決める。1日1回が限度でしょうから、夕御飯前
に片づける、という約束でもいいと思います。


 そして、いよいよ片づけです。
 まずは、親がやってみせます。ぬいぐるみはここ、絵本はここ、ゲームは、
ここ、というふうに、要領を示しながらやっていきます。
 そのうち、子どもも関心を示してきたら、子どもにも役割を与えて、「じゃ
あ、○○ちゃんは、ぬいぐるみを片づけてね」と伝える。そして、やってくれ
たら、「ありがとう」と伝える。

 そして、片づいたら、一緒に部屋を眺めて、「きれいになったね」「きれい
だと気持ちがいいね」と一緒に気持ちよさを味わう。
 そういうことを繰り返しながら、子どもに少しずつ役割を与えていくことが
大切だと言われています。


 大切なのは、当分は親が一緒にやる、ということと、子どもに役割を与え
て、やったら「ありがとう」と褒めて、やる気を育てていく、というところで
す。

 ついつい、私たちは、子どもに、「片づけなさい!」と言葉で指示するだけ
で、どのように片づけていくかを教えていません。そして、片づけなかった
ら、今度はどなりながら、お母さんだけで、片づける。それを子どもはびくび
くしながら(!)見ている、そのように、親がまったく一緒にしないか、全部
やってしまうかの両極端になっているように思います。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」
 先日、新潟県長岡市で、山本五十六記念館を訪れた時に、パンフレットに書
いてあった言葉です。山本五十六が折にふれて語っていた、人材育成の名言と
言われているのですが、子育てでも、社員の育成でも、人を育てる時に大切な
ことは、やはり同じなのだなぁと感じます。


 でも、そんなに冷静に接することができる時だけではないと思います。キレ
まくってしまいそうな時には、「片づけしなくても、とりあえず、死ぬことは
ないわ」と開き直って、明日に回しましょう。

 小さな子どものいる家で、きちんと整理整頓されている家はまずありませ
ん。子どもも毎日それなりに成長しています。今できないことでも、来年はで
きるようになるかもしれません。少し肩の力を抜きながら、ぼちぼちやってい
きましょう。
勉強しなさいって言わないで。
こんにちは上田です。

読んでくださり有難うございます。

中日新聞の幸福レシピのコラムを読んで心に

残ったところがありますので、紹介します。

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「勉強」って言わないで

何で言うの?考えよう


子どもに向かって言っても無駄であり、かえって有害な言葉いくつか

あります。その1つが「勉強しなさい」です。

先月、埼玉県川口市で中学三年の少女が父親を刺殺した事件がありました。

事件当初の新聞によれば、少女は犯行理由を「両親から勉強しろと言われ、うっとしいと

思っていた」と述べています。

「勉強しろ」と言うのは彼女の親だけではありません。その意味でこの事件は、

どこの家庭で起きてもおかしくない悲劇です。どうして親は「勉強しなさい」と言うので

しょう。

子どもに「何で?」と聞かれ、理路整然と答えられるでしょうか。この言葉は一方的かつ

威圧的です。しかも思想がありません。子どもにとってどう助けになるのかが見えないの

です。私は米国・カリフォルニア州にあるミルズ大の大学院で教育学を学びました。

そこで課せられた保育園実習で、私は子どもに発する言葉の1つ1つを徹底的に訓練され

ました。

例えば、赤いドレスでおめかしてきた2歳のエマちゃんに「まあ、かわいい」と言った時、

ミーティングで主任のジョーから指摘されました。「なぜそう言ったの?それはどんな

教育理論に基づくの?」と。

半年間、徹底的にトレーニングを受けた結果、私は子どもと話す時、自分の言葉がどんな

影響を与えるかを反射的に考えるようになりました。

結果、私は自分の子どもたちに「勉強しなさい」とは一度も言いませんでした。

言う意味を見いだせなかったからです。そして現在、大学院生と大学生になった子ども

たちは、それぞれ自分の好きな勉強を楽しんでいます。

だまされたと思って「勉強しなさい」の代わりに「勉強はいいから、一緒に遊ぼう」

と言ってみてください。

大自然の神秘に触れ、体をいっぱい動かし、夜は昔話や物語の世界で遊んでください。

時には子どもが一人でぼーっとする時間を与えてください。

心の健康が取り戻せたら、子どもはいつの間にか学び始めるでしょう。そもそも勉強は、

するなと言われてもしたくなる楽しいことなのですから。

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仏教に次のような教えがあります。


「信じているといっても、2つある。1つは、ただ知識として理解して信じていること。

もう1つは、なぜそうなるのか徹底的に追求して確信して信じていること。

仏教で信じているというのは後者の信じるということをいうのです。」

勉強一つについても、なぜ勉強しなければいけないか、徹底的に理解することが

大事なことだなって、この記事を読んで思いました。




経験とは求めていたものが手に入らなかった時に手に入るもの
こんにちは上田です。

読んでくださり有難うございます。

先日、ある方から、カーネギーメロン大学のランディ・パウシュ教授の

最後の授業がいいですよと紹介されました。

ランディ・パウシュの「最後の授業」

まだ、最後まで見てはいないのですが、その中で心に残った言葉を

紹介します。

それは、ゲーム会社のEA社の言葉で

「経験とは求めていたものが手に入らなかった時に

 手に入るもの」

という言葉です。

多くの人がは自分の思いどおりになったら幸せになれると思っています。

しかし、私は、自分の思いどおりになったときよりも、思いどおりに

ならなくて苦しんだときほど、色んなことを学び、結果的には、

あとから考えて、この方がよかったなって思うことがたくさんあります。

よく分かりませんが、私たちが望むことは楽になりたいということじゃ

ないかなって思います。

楽を求めても、何も得られないんじゃないかなって思います。

そう思うと、思い通りにならない人生を楽しむことが幸せになるために

大切なんかじゃないかって思いました。


思うことですな〜。思わにゃあきまへんな〜
こんにちは上田です。

読んでくださり有難うございます。

先日、ある方から、松下幸之助さんの話を聞かせてもらいました。

松下幸之助さんが講演会をされていた時のことです。

話を聞いていたある方が松下さんに対し、

「どうしたら、松下さんのように成功できるのですか?」

と聞かれました。

それに対して

「思うことですな〜。思わにゃあきまへんな〜」

と答えられたそうです。

まるで禅問答のような話ですが、

その方から、この言葉の意味を教えてもらいました。

一言で言ったなら、

「どうしたら成功できるか。それに悩み続けることが成功する為に

必要だということでした。

この話を聞かせてもらって思ったことは人生は楽して

幸せになれるような近道はないということです。

じゃあ、頑張ったら幸せになれるのか?

やっぱり私はただやみくもに頑張っても幸せにはなれないと思います。

幸せになるには常に悩み続けること。そして、今までのやり方に

執着せず、今、自分にとって、最良の種まきは何か、考えてゆくこと

ではないかと思います。

考えることを続けてゆくことが幸せになるために必要なことではないかと

思いました。
相手を許すことによって、自分の心も救われる
こんにちは上田です。

読んでくださり有難うございます。

先日、ある方から聞いた話ですが、心に残ったので

紹介します。

アメリカであったことですが、

ある人が、友達を銃で撃ち殺し、牢屋に入りました。

その殺された子のお母さんは、普通なら、その犯人を憎んで死刑にしたいと

思うと思うのですが、

そのお母さんは違っていました。

なぜ、その犯人はその子を殺したのか。それが知りたいと

その犯人のところへ言って、何回も話したそうです。

そして、犯人がなぜその子を殺さなければならなかったのか、

また、その犯人の生い立ちなどを聞いて、犯人だけが悪いのじゃない。

その犯人を取り巻く環境が、犯人をそのようにさせていったことが

分かって、心から犯人を許すことができたそうです。

その心が犯人にも伝わって、犯人もそのお母さんに対して、

心から懺悔をして、自分のしたことの重さを反省したそうです。

今ではそのお母さんと犯人は大の仲良しで親交を続けているそうですが、

この話を聞いて、感動したのは、そのお母さんは、犯人のことを許した

ことによって、お母さんの心も救われたことです。

確かに殺人事件が起きると、その犯人に死刑になって欲しいと恨む気持ちも

分かります。でも、その犯人がこの世からいなくなっても、被害者の心は

救われないと思うのです。

この話を聞いて、難しいことではありますが、人を許すことの大切さ、そして、

そのことによって、自分の心も救われるということが知らされました。

幸せは相手を許してゆくことかなって思いました。


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