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幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
勉強するのは誰のため
よく子供が遊んでばかりで勉強しないという人がいますが、ここで勉強することは、子供のしたいことなのか、それとも、親の願いなのか、ちゃんと区別して考えることが大切なことです。

子供が自ら勉強したいと思っているならば、子供が勉強することは子供が決めてやろうと思ったことなのだから、勉強しなかったら、あなたが決めたことだから、勉強しなさいと注意することができます。

しかし、勉強することが親の望みならば、子供が勉強しなかったからと言って、何で勉強しないのと、注意することはできません。

親の望みを子供の為だからと子供に押し付けて、子供が勉強しなかったからと言って、注意したら、子供は、自分は本当は何がしたいのか分からなくなります。

多くの場合、勉強することは、親の望み。ならば、勉強しない子供に注意するのではなく、子供が勉強するように働きかけをして動かしてゆくことが大切です。

その時、勉強する子供のそばで見守ってあげたり、頑張ったら誉めてあげる。それは子供の頑張りは、親の為だから。それを意識して自分の望み通りに動いてくれた子供を認めてあげることが何よりも大切です。

親の望み通りに子供を動かすことは悪いことではない。ただ子供は自分の為に頑張ってくれているのだと思って、頑張る子供に感謝できるか。それが親も子供も幸せになる為に大切な心がけだと思いました。
人と一緒にいることを楽しむことができる人
幸せとは何かと考えた時に、人と一緒に過ごすことが幸せなんだと感じます。

人と一緒に過ごすことは簡単なようでいて難しい。それは俺が俺がと自分が中心になろうとしていると、人と一緒にいても、みんなが自分にかまってくれないと寂しくて幸せを感じないからです。

人と一緒にいたからといって、みんなはそれぞれ好きなことをしています。みんなの目が自分に向いている訳ではありません。それを寂しく感じるか、それとも幸せだと感じるかによって、幸せになれるかどうかが決まると思います。

たとえみんなの目が自分に向いてくれなくても、まわりの人が楽しそうにしていることを一緒に楽しむことができたら、その人は幸せな人なんだと思いました。
執着しているものこそ捨てる
執着は使ってなかったものに対して起こす。欲しいと思って買ったのに、結局、使わず取っておいたものを捨てようとした時に勿体ないと思って執着する。でも、勿体ないと思って残しておいても、今まで使わなかったものを使うことはありません。

だから、使わないものは、どんなに高かったものでも、捨てた方がいい。捨てることによって、無駄なものを買ってしまったと初めて反省する。

そして、これから欲しいだけで買わなくなる。本当に使うかを考えて、買うようになります。

執着を断ち切って捨てるからこそ、本当に必要なものが分かる。まず使わないものを捨ててゆく。そこで勿体ないと執着の心が起きたものこそ、捨ててゆく。

そうしなければ反省ができない。反省してこそ、同じ間違いを繰り返さずに済みます。

執着しているものこそ捨てることが大切なことなのですね。
尊敬されなくても
人から尊敬されたいと思うことがあります。しかし、どんなに頑張っても、尊敬されるような完璧な人間になることは難しいものです。

自分にとっては慎重に物事を行っていても、思いも寄らない所で、相手は気分を害してしまうことがある。その度毎に、ああ、自分ってこうだから、尊敬されないのだなと思ってしまう。

でも、自分が思い描くような完璧な人間になったらどうだろうか?

きっとそうなったら、相手のことをこんなこともできないのかと上に立って見下して、知らず知らずのうちに傷つけていたと思います。

人は誰しも優越感を味わいたいもの。自分が上に立つことで、相手からの信頼も勝ち取り、尊敬もされると思っています。

しかし、現実は上に立つことで、相手は劣等感を感じ、できない自分を責めてしまいます。

そういう意味で、失敗して相手から注意を受けるぐらいがちょうどいい。もちろん失敗したことは反省して直してゆきますが、それでも思わぬ所で失敗は続く。だから、高い所に立てなくて幸せなんだと思います。

尊敬されないかもしれないが、親しみを持ってもらう。それがお互いにとって幸せなんだと思いました。
大事な人が見えてない
私たちは大事な人ほど、軽く扱う。この大事な人とは、自分のそばにいて、自分の為に動いてくれる人のこと。本当は、そんな人は自分にとって大事な人のはずなのに、そんな人には何故か軽く扱ってしまう。  

それでいて、初対面でも自分をよく見せようとして大事に扱う。その相手は自分の人生において、その場限りの付き合いの人かも知れないのに、自分をよく見てもらうために大事にしてしまう。

本当に自分にとって誰が大事か見えてないものが私たち。

でも、本当に大事な人が分からなければ、不特定多数の人からよく見られる為に、神経をすり減らし、いつも自分のそばにいる人をおろそかにしてしまいます。

いつも一緒にいるからこそ、疎かにするのではなく、大事にする。それが幸せになる為に大事なことだなと思いました。


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