幸せのこころとかたち
やっぱり幸せって続けることによって、得られるものだと思うんです
阿弥陀仏の御心を伝えることが善知識の役目

自分が近づいてゆけば、相手も心を開いて近づいてくれる。

でも、その時、心がけなければならないことは、自分が正しいという所に立って、近づかないこと。

自分が正しい所に立って、相手に近づいても、相手は苦しいだけ。

決して相手の心は開くことはありません。

俺は間違ってないと思うと、自然と相手に折れて欲しいと思ってしまう。

せっかく自分が近づいても、相手に折れて欲しいと期待していたら、相手は心を開くことはない。

近づくということは、自分が折れるということ。

私は善知識という立場をしているので、どんなに自分が正しくても、また、どんなに相手が間違っていたとしても、自分が折れないといけない。

それは阿弥陀仏の本願がすべての人が相手だから。相手に阿弥陀仏の御心を伝える為に善知識がいる。

相手とのご縁を保つこと。それは相手に阿弥陀仏の御心を知ってもらうことでもある。

まず自分が近づく。そして、相手とのご縁を保ち続ける。

なかなか言うは易く行うは難いですが、阿弥陀仏の御心を伝える為に実践しなければならないなあと感じています。

阿弥陀仏の御心を伝えること。それが善知識の役目ですから。


そのままの相手を受け入れる

みんなが自分の存在を受け入れてくれると、そこは自分にとって居心地の良い場所になる。

でも、そこに誰か一人でも、自分の存在を快く思ってない人がいると、その場所は居心地の悪い場所になる。

だから、その人を追い出して、自分にとって居心地の良い場所にしようとする。

でも、そうやって、誰かを追い出すと、その中にいる他の人も自分のことを嫌に思い、また、居心地の悪い場所になる。

だから、また、その人を追い出して楽になろうとする。

そうやって、自分を受け入れてくれない人を追い出してゆくうちに、だんだんと孤独になってゆく。

独りは寂しい。自分が独りぼっちにならない為に、自分のことを受け入れてくれない人とも仲良く付き合わないといけない。

その時に大事なことは、何が正しいか何が間違っているか問題にすることなく、自分が折れてゆく。

それは自分が悪いからではなく、自分の元から人が離れてゆかない為にすること。

相手が自分のことを受け入れてくれないならば、自分がそのままの相手を受け入れる。そうすることによって、相手も自分のことを受け入れてくれるようになる。

そして、そこがまた自分にとって居心地の良い場所になるのです。


壁は自分が作り出している

相手とは自分の心を映す鏡。

自分が相手のことを避けていたら、相手も自分のことを避けているように見えるし、自分が好意を持って相手に近づいたら、相手は心を開いて自分に近づいてきてくれる。

でも、一度人間関係をこじれた人に近づくことは勇気が必要なこと。

相手に近づきたいと思っても、相手に壁が見えて近づきたくても二の足を踏んでしまう。

でも、その壁も自分の作り出した壁なんだと思う。

だから、自分が相手を避ける心がなかったら、気持ち良く近づいてゆけるのに、それがなかなかできない。

きっと相手も自分に近づいてきて欲しいと思っているのに。

人に近づくのは難しいことですね。


人生を有意義に過ごすには

多くの人は人生の多くの時間を仕事をするか、欲に流れるかで生きている。私も以前は欲に流れることが楽しかった。

でも、いくら欲に流れても、ただ時間を無駄に過ごしているだけで、何も生み出していないと感じるようになって、欲に流れるのではなく、もっと有意義が時間を過ごしたいと思うようになった。

確かに欲は楽しい。でも、そうやって楽しい、楽しいと時間を過ごしておれるのは、時間がまだまだある間だけ。

こうやって欲に流れている間に年を取り、人生が終わってゆくのだと思うと、こんな欲に流れているままで時間を過ごしていていいのだろうか?と感じてしまう。

じゃあ、欲に流れるのではなくて、どんなことをしたら、人生を有意義に過ごすことができるのかと言えば、仏教的に言ったならば、相手と向き合うことによって!自分を知ること。それが人生を有意義に過ごす唯一の方法だと教えられる。

私たちは自分を知りたいと思って生きている。

テレビを見ても、新聞を読んでも、究極的なことを言えば、そこから少しでも自分を感じたいと思って生きている。

でも、それは相手と向き合うことでしか得られない。

だから、私たちは一人では欲に流れるばかりで幸せになることはできないのですね。


自分のペースで仏法を求める

私は以前は仏法を伝えないと一人でも多くの人に仏法を伝えないといけないと思っていた。

もちろん、今でも一人でも多くの人に仏法を聞いてもらいたいと思っているが、今はそれよりも自分のペースでやってゆけたらいいと思っています。

力みが取れたというか、肩の力が抜けたというか。良い意味でも悪い意味でも、力が抜けたように感じる。

それでも、人と触れて、問題を解決してゆくことは楽しいこと。

その問題がどんな原因で起きるのか。どうしたら解決できるか。

人と触れて、これからも問題を解決してゆきたい。自分の人生を通して、仏法って何か。どんな教えなのか。それを自分のペースで探求してゆく。それをして少しでも真理が明らかになったらいいなと思います。




プロフィール

上田祥広

Author:上田祥広
管理サイト
浄土真宗講義



最近の記事



ブログランキング

FC2ブログランキング



最近のコメント



カテゴリー



FC2カウンター



ネットサーフィンの鉄人

ネットサーフィンの鉄人



ブログ全記事表示

全ての記事を表示する



RSSリンク



てくてく…



お友達のブログ

このブログをリンクに追加する



グリムス